川本眼科だより 84すりキズの新治療法 2007年2月28日
擦り傷、切り傷ができたとき、どのように治療していますか?
普通は、消毒して、ガーゼで覆います。
実はこれ、間違った治療法なんですって。
数年前から、キズの治療法は大きく変わっています。眼科医の私が紹介するのは畑違いかも知れませんが、今月は書くネタを思いつかないので、まだ広くは普及していない「湿潤療法」を取り上げることにしました。
消毒してはいけない
昔から、「キズには消毒」が常識でした。
実は、これは間違いだそうです。
私が子供の頃には「赤チン」という消毒薬がどこの家庭にも常備されていて、いつも母が傷口に塗ってくれました。赤い色でバイ菌をやっつけている感じが出ていました。その後、主成分のマーキュロクロムに水銀が含まれていて危険なため、製造が中止されました。
赤チンの代わりに「マキロン」などベンザルコニウムを使った無色の消毒薬が使われるようになりました。薬は代わっても「キズには消毒」は常識として広く信じられ続けてきました。
ところが、数年前から、消毒薬が皮膚の細胞を障害し、キズの治りを悪くすることが指摘されるようになりました。ヒトの細胞のほうが細菌よりも消毒薬に対してはるかに弱く、消毒薬はかえって有害だということがわかってきたのです。
現在、キズは消毒せず、水でよく洗うことが推奨されています。水は普通の水道水で構いません。汚れを洗い流すことが重要です。
キズを乾かさない
さらに、キズを「ガーゼで覆って乾かす」というのも長い間の常識でした。
これも間違いで、キズは乾かしてはいけないのだそうです。
キズからは体液が出てきてじくじくしています。従来、この体液をガーゼで吸い取って、早くかさぶたを作ったほうがよいとされてきました。
本当は、このじくじくした体液の中に「キズを治すために必要な成分」が含まれていて、じくじくした状態を保てば、かさぶたなど作らずにきれいに早くキズが治るのです。これを「湿潤療法」と呼んでいます。
最近では、キズをじくじくしたままの状態に保つための被覆材が多くの病院で使われるようになりました。1回貼ったらはがさずに何日かそのままにしておきます。時間が経つと少しくさくなるのを我慢すれば、驚くほど早くキズが治ります。
ただし、高価な上にあまり小さいサイズのものがないのが難点です。そのため、ものもらいなどの小手術では、血液で汚れることを防ぐ目的で、ガーゼを1日だけ使っています。
家庭用でも、「キズパワーパッド」という商品が小さなキズ用に発売されました。ばんそうこうとしてはいささか高価ですが、合理的でお勧めできるものです。
食品用ラップで十分
実を言えば、高価な被覆材を使わなくても、食品用ラップでキズを覆えば十分効果があるのです。実際に、食品用ラップが褥瘡(じょくそう=床ずれ)の治療に使われて著効を示したと学会でも報告されています。
まとめると、擦り傷や切り傷ができたら、水道水でよく洗って、消毒薬は使わず、ラップで覆っておけばよいわけです。消毒薬でしみることもないし、安上がりだし、良いことずくめの治療法ですね。
今日の常識が明日は非常識
キズを消毒し、ガーゼで覆うというのは、多くの医師が何十年も続けてきた処置です。
こんなあたりまえのような処置でも、よく検討すれば間違いだったということがありえるのです。本当に驚きです。
こういうことは他にもあります。医師が手術前に手洗いをする場合、滅菌水を使うことが当然のこととされてきました。ところが、普通の水道水で手洗いをしても除菌効果に何ら差がないことが証明されてしまいました。
滅菌水を作るのは大変です。専用の機械を購入し、メンテナンスにも費用がかかります。それがすべて無駄なことだったわけです。日本全国、どこでも行われてきたことだけに、いったいどれだけの損失になるのか見当もつかないほどです。
このように、今日の常識が明日は非常識になることがあるのです。どんなことにも疑いの目を向け、批判精神を持つことがどんなに大切なことか痛感いたします。とりわけ、医師は、つねに情報収集を怠らず、新しい知識を勉強し続けなければなりません。そのことを改めて自戒したいと思います。
2007.2