川本眼科だより 130減感作療法 2010年12月31日
来年(2011年)はスギ花粉の大量飛散が予想されています。今年の夏の猛暑でスギの雄花の着花数が多かったのが原因です。愛知県では今年の7倍と言われ、最近10年で最も多かった2005年と同じくらいになりそうです。
花粉症の話題は以前にも取り上げましたので、今回は院長が自分自身に試している減感作療法についての体験談を述べ、この治療法の問題点も考察してみます。
減感作療法は準根治療法
減感作療法とはアレルゲン(アレルギーの原因となる物質)を極微量から注射し始め、徐々に注射量を増やしていくという治療法です。こうすると体がアレルゲンに慣らされ、たくさんのアレルゲンが入ってきても平気になり、過剰な反応を起こさなくなるのです。最近は名前が変わり、正式にはアレルゲン特異的免疫療法と言います。院長は以前からこの治療法に関心がありました。
スギ花粉症はスギ花粉が目や鼻やのどに入ってきたとき、異物を排除するための種々の反応(かゆみ・涙・くしゃみ・鼻水など)が過剰に起こってしまう病気です。治療には目薬・点鼻薬・内服薬などが使われますが、いずれも対症療法であり、かゆみや鼻水などの症状が和らぐだけで病気そのものが治るわけではありません。花粉が飛散すれば必ず症状がおこり、毎回薬を使わなければなりません。それが80歳くらいまで続きます。
でも、減感作療法だけは唯一、将来にわたって花粉症の不快な症状から解放される可能性があるのです。準根治療法と言えます。
減感作療法を自分自身に試す
スギ花粉には院長も毎年悩まされています。マスクもゴーグルも使いますし、窓は閉め切ります。2~5月はずっと薬を使い続けます。患者さんの前で目を充血させクシャミを連発し鼻水を垂らしているわけにはいかないので。
来年はスギ花粉の当たり年だと聞き、ついに決心して減感作療法を試してみることにしました。自分自身が実験台です。うまくいけば自分の花粉症も治って万々歳ですが、もし何か事故が起これば自己責任です。
最初は皮内反応でスギ花粉に対する反応の強さを調べます。鳥居薬品の「スギ花粉治療用標準化エキス200JAU/mL」を10倍,100倍,1000倍,1万倍に希釈し、濃度が薄い液から注射していきます。私の場合、1万倍では反応なく、1000倍で注射部位が赤く腫れたので、1000倍希釈を治療開始濃度としました。添付文書に従えばさらに10倍薄い濃度から始めることになっているのですが、そんなに悠長では来年の飛散に間に合いません。
投与間隔も添付文書では週1~2回の注射と指示されているのですが、来年に間に合わせるため毎日打つことにしました。入院して1日に何回も注射する「急速免疫療法」があることを知っていたので何とかなると考えたのです。これも自分が実験台だからできることで、患者さん相手に同じことをやって問題がおきれば訴えられます。
初回は皮内反応で決めた量を皮下注射。翌日は初回の1.5倍量を注射。翌々日はそのまた1.5倍量を注射します。花粉量は濃度と注射液量を加減して調整します。 1.5倍量の注射を20回繰り返すと初回の約1000倍になり、 40回繰り返すと約100万倍になります。途中で注射部位が赤く腫れる大きさが2~3cmになればその量を維持量として2週ごと数回注射、その後は月1回維持量の注射を数年続けます。
長く続けるほど効果も長続きするとされていて、最低でも3年は続けることが推奨されています。半年以降は月1回とはいえ気の長い話です。
アナフィラキシーが心配
減感作療法の手技自体は難しくありません。ただの注射ですから。問題はアナフィラキシーがおきる恐れがあることです。アナフィラキシーは急性の重篤な全身アレルギーで、緊急処置が必要です。最悪、死亡事故もありえます。
実際にはスギ花粉の減感作療法でアナフィラキシーの可能性はきわめて低く、死亡事故など頻度を計算できないほどまれです。宝くじで1億円当たるくらいの確率でしょう。それでもゼロではありません。宝くじだって実際に当たる人がいるのですからね。
今回減感作療法を始めるにあたってまず準備したのは「エピペン」というアドレナリンの緊急注射キットでした。万一に備えたのです。自分で打てない状態になることも考えて看護師にも注射法を勉強させました。死んだら妻子や従業員を路頭に迷わせることになります。
幸い心配したようなことは何もなく、注射部位が赤く腫れたりかゆくなったりしただけです。それも注射後数日で消失します。
患者さんには試しにくい
現在も私自身の減感作療法は継続中で、来年の花粉シーズンが到来しないと効果はわかりません。ですから私としての最終的な評価はまだ先になりますが、現時点では残念ながら、患者さんには試しにくいと考えています。
そもそも、全く花粉が飛んでいない無症状の時期に治療を始めようとする人はほとんどいません。半年も前から次のシーズンに備えるのは人間心理として無理があります。
それに、対症療法の薬を出すのに比べ、治療方法とリスクの説明に時間がかかり過ぎます。外来がパンクしてしまうでしょう。手間と時間をかけて説明しても結局受けない人のほうが多いと予想されます。初めから知識があってこの治療法を希望する方に対象を限るしかなさそうです。
通院回数の多さも患者さんには重い負担です。50回以上ではさすがに希望者はほとんどいないでしょう。10回くらいで済むとよいのですが。
アナフィラキシーの可能性も二の足を踏む理由です。眼科医は救命や蘇生処置には不慣れです。医療行為は知識だけでなく、実践で経験を積まないと上手になりません。一生に一度出会うかどうかという事態への対処は上手になりようがないのです。でも、一方で救命救急医が常駐する大病院は忙しすぎて減感作療法には消極的です。
しかも、減感作療法の診療報酬はあまりに安くてリスクに見合いません。事故への備えはめったに起こらなくても手を抜けません。そういう費用まで含めれば赤字必至です。減感作療法を手がける病医院がきわめて少ないのも当然と思います。
舌下減感作療法に期待
欧米ではスギ花粉等のアレルゲンを注射でなく舌下(ぜっか=舌の裏側)に投与する減感作療法 SLIT(Sub-lingual immunotherapy) が数年前から行われ、既に主流になっています。
有効性は注射とほぼ同等とされており、日本でも追試をして有効だったと報告されています。注射でないので通院回数が少なくてすみ、どうやらアナフィラキシーの心配はほぼないらしいので、将来注射による減感作療法に取って代わると期待されています。
現在は臨床試験が行われている段階で、順調なら数年先に一般の病医院で保険診療可能になります。ただ、臨床試験でトラブルが起きると待てど暮らせど認可されないこともあるので心配です。
2010.12