川本眼科だより 135ためしてガッテン 2011年5月31日
『ためしてガッテン』というNHKの人気番組はご存じですよね? 小野文恵アナウンサーと立川志の輔さんとの絶妙な掛け合いが愉しい生活情報番組です。医療・健康問題が取り上げられることが多く、その影響力はすざまじいものがあります。
良心的な番組とは思っていますし、民放の同種番組に比べればきちんとした取材に基づいて正確な情報を届けようと努力していることは認めます。
しかし、専門家が見るとちょっとおかしな情報発信も多々あります。視聴者数が莫大ですし、この番組の内容を無条件で信じている人が多いために、問題が起こっているし弊害もあるのだということは理解しておく必要があるでしょう。
ためしてガッテンの功績
民放で医療問題を取り上げるときは、あまりにも演出過剰で、あまりにも単純化しすぎていて、あまりにも不正確だ、となりがちです。
「マイナスイオン」騒ぎや「納豆ダイエット」騒ぎのように、センセーショナルに取り上げた挙げ句、結局根拠のないデタラメだったという騒動が一再ならず起こっています。視聴率第一主義の弊害が出ているのでしょうか。
その点、さすがは天下のNHK、『ためしてガッテン』では取材に手間暇かけているな、と感じさせます。最新の医学的知見をわかりやすく興味を持たせながら紹介していて、従来お堅い医学番組なんか絶対に見なかった層を取り込むことに成功しています。
『ためしてガッテン』のおかげで、医学や健康に関する誤解や迷信が払拭され、正しい知識が普及し、一般国民の医学知識レベルを底上げすることに功績があったと私は評価しています。
監修者が番組の質を決める
『ためしてガッテン』の医学情報が比較的正確なのは、専門家がしっかりと監修をしているからだと思います。取材の過程では複数の専門家に接触しているのでしょうが、番組の構成を決める段階では監修者は1人に絞られるようです。監修者は番組の後半でゲスト解説者として登場します。
この場合、情報の質は監修者次第ということができます。心配なのは、監修者が偏った考えの持ち主だったり、売名のために自分に都合のよい歪んだ情報を流したりすることです。
実際、相当に問題のある人物が監修者になっていることがあります。1997.3.5の「疲れ目解消大作戦」では広島市のT医師の監修で眼精疲労を取り上げました。番組でT医師はもっともらしく疲れ目に効くマッサージ法などを指導しました。
ところが、このT医師、実は「眼精疲労クリニック」なるエステもどきのサービスで儲け、さらにそのノウハウを全国の眼科医院に売り込むコンサルタント業を始めた商売人でした。(川本眼科にも勧誘の手紙が来ました)
そのやり方が保険診療を食い物にしていると大きな非難を浴び、その後架空請求を理由に保険医登録を取り消されたと聞いています。(5年経つと再登録できます)
効果を誇張しすぎて医療現場に混乱
間違いとまでは言えなくても、「効果を誇張しすぎ」はしばしば見られます。
2008.4.2には眼瞼下垂を取り上げました。「医学で解明!顔若返り」と題して、信州大学形成外科の松尾清教授が監修しました。松尾教授はミュラー筋を介して自律神経症状が起こるという説を提唱されていて、眼瞼下垂手術を受ければ「頭痛・腰痛・めまい・うつ・不安・便秘・首・肩のこり・冷え性・不眠・慢性疲労…」がみんな改善するとぶち上げたのです。
放送のあと、日本全国で眼科の外来には眼瞼下垂の手術を受けたいという患者が殺到し、混乱を極めました。川本眼科の外来にもこの手術を受けたいという患者さんが何人も見えました。結局どの方も手術をする必要はありませんでした。テレビの影響は本当に大きいと感じました。
松尾先生は眼瞼下垂がどのように発症するか理論を考え、挙筋前転法という手術方法を広めました。つまり、それなりの実績がある医師です。
ただ、彼の「眼形下垂手術で自律神経症状が改善する」という説はかなり特殊で、眼科医の多くは賛成していません。肩こりが治ると期待して眼瞼下垂の手術を受けても、期待はずれに終わる可能性大です。
2011.4.6には結膜弛緩症を取り上げました。「その目薬では治らない 疲れ目乾き充血に涙目すべて一発解決!」と題して京都府立医大眼科の横井則彦准教授が監修しました。横井先生も立派な先生で、先生の結膜弛緩症理論は多くの眼科医が支持していますし、手術法を広めた功績も高く評価されます。
ただ、目薬をしてもなかなか完全には症状が取れないですし、手術にも限界があります。番組での紹介の仕方は誇大広告だと言われても仕方ないでしょう。
医師は患者を治したいと思っています。治療法を世に広めたいと思っています。自分のオリジナルの治療法であればなおさらです。それに、医師も、患者を集めることで評価されるという面があります。自己宣伝のために『ためしてガッテン』はまたとないチャンスです。
番組は魅力的な新説に飛びつき、監修者は宣伝に番組を利用しているのだと承知しておく必要があります。
ブルーベリー騒ぎもガッテンから
「ブルーベリーが目にいい」という神話も『ためしてガッテン』がお墨付きを与えたような格好になっています。
どうも、番組でブルーベリーを食べると暗順応が改善するという実験をしてみせて「ブルーベリーには効果がある」と結論づけたらしいのですが、暗順応の改善は一時的なものに過ぎず、さまざまな目の病気に効くはずもありません。
ガッテンにはブルーベリー神話を助長する意図はなかったかも知れません。でも、結果的にはそうなってしまっているわけで、責任の一端を負っていると思います。
監修者とは別にセカンドオピニオンを
テレビの信用力は絶大です。医師の私が話をしても全然納得してくれない方が、小野アナウンサーの話をテレビで聞けば納得してしまうのですから。この信用力は両刃の剣です。
それだけの強大な影響力を持つようになっただけに、情報発信にはより慎重さが求められます。誤解が流布したり医療現場が混乱したりするのは困ります。
番組プロデューサーが専門的な事項の正否を判断するのは難しいと思います。それなら、放映前に監修者以外の専門家に意見を聞いてみることが必要ではないでしょうか?
セカンドオピニオンですね。手間暇がかかるかも知れませんが、それは番組を信じて見ている多くの視聴者に対するマスメディアの責任だと考えます。
2011.5