川本眼科だより 1視力って何 2000年3月31日
Q:子供の頃から目が悪く、視力は0.1くらいでしたが、先日川本眼科で視力を測ったら「視力は1.0でした」と言われて訳がわからなくなりました。 どういうことか教えて下さい。
Q:視力を毎回測るのは、意味があるのでしょうか。 視力1.0と言われましたが、どうも目がかすんでよく見えません。
裸眼視力と矯正視力
視力って、いったい何でしょう?
視力は、「ものを見る力」を全体として測るために考え出されたものです。
人間の目は複雑で、角膜・水晶体・硝子体・網膜・視神経などの構造からできています。
角膜の濁りどうしなら比較して重症度を決めることができますが、角膜の濁りと網膜出血を比較することは困難です。そんな場合でも「ものの見え方」を比較できるようにきまりを作ったのです。
視力の測り方は、万国共通です。視力表には、さまざまな大きさの切れ目のある輪(ランドルト環といいます)が並んでいます。5m離れたところから見て、どの大きさの輪まで切れ目がわかるかで視力を測ります。
ひらがなやカタカナでできた視力表もありますが、便宜的なものです。
文字は形が複雑なので、乱視の場合、乱視の軸によって見やすい文字と見にくい文字ができてしまうからです。
メガネをかけずに視力を測ると、視力は大きくばらつきます。
0.04の人もいれば1.5の人もいます。そのほとんどは、近視や遠視や乱視のためです。そして、近視や遠視や乱視なら、メガネをかければ矯正できます。完全に合ったメガネをかければ、ほとんどの人で1.0以上の視力が出ます。そこで、メガネをかけずに測った視力を裸眼視力と呼び、メガネをきちんと合わせて測った視力を矯正視力と呼んで、区別しています。
眼科医が重視するのは矯正視力のほうで、裸眼視力のほうは、メガネをかけるかどうかの参考ぐらいにしか考えていません。眼科医どうしで話をするとき、単に「視力」と言えばそれは「矯正視力」のことなのです。
眼科のスタッフも、視力と言えば矯正視力のことだと教育されています。
これに対し、一般の方は、学校で毎年毎年「裸眼視力」を測るので、視力と言えば裸眼視力のことだと思っていらっしゃいます。お互いに、「視力」という言葉を別のものと考えているために、ときに食い違いを生じてしまう訳です。
スタッフが患者さんに説明するときは、「メガネをかけていないときの視力」「メガネで合わせたときの視力」と区別することになっているのですが、徹底していなかったかも知れません。
矯正視力の重要性
なぜ、眼科では毎回矯正視力を測るのでしょうか。
毎回ほとんど変わらないのなら、測っても無駄ではないでしょうか。
実は、「矯正視力が変わらない」ということが重要で、確認をしておきたい事項なのです。
矯正視力がいつもより下がっている場合、眼科医は「何か特別なことがおこったのだろう」と判断します。
そして、異常の有無を詳しく調べるわけです。
調べた結果、眼底出血していたり、白内障が進行していたり、視神経の病気が起こっていたり、いろいろな問題を発見できるのです。もちろん、視力が大きく下がれば自分で気づきます。しかし、視力が 少し下がった程度だと自分ではわかりませんし、人間はふだん両目でものを見ていますから、片目だけ視力が落ちたときは案外気づかないものです。
また、白内障があるときに、「少し見えづらいがどうせ白内障のせいだろう」とタカをくくってしまう、というのはよくあることです。視力が落ちているのでおかしいと思って瞳孔を開いて眼底検査をしたら、実は眼底出血だった、ということは結構あるのです。白内障では毎回眼底検査をするわけではありませんから、視力を測っていなければ見落としてしまいます。
私は、大学で研修を受けたとき、視力だけはどんなに忙しくても毎回チェックしろ、と口やかましく教育されました。原則として、1週間以上あいたときは必ず視力検査をしています。手術の前後では毎日でも視力検査をします。きちんとした診療をしている眼科なら、どこでも同じだと思います。
視力を測らない場合
アデノウィルスによる結膜炎が強く疑われるときは視力を測りません。
俗に「はやり目」と呼ばれ、感染力が強く、院内感染のおそれがあるからです。後日結膜炎がよくなってから視力検査をすることになります。
痛みが強いときも、測らないことが多いと思います。
本当は視力がわかれば非常に参考になるのですが、痛いのを我慢して視力を測るのも患者さんにとって酷ですし、そもそも痛いときは涙が出たりまぶたが下がったりして正確な視力は測りにくいからです。
また、本当は毎回瞳孔を開いて眼底検査をすべき病気のときにも、患者さんのいろいろな事情で眼底検査ができないときがあります。
そのときは視力に変化がないかどうかで、近日中に眼底検査をするか、ある程度間隔をあけてもよいかの判断をしています。
視力だけではわからないこと
白内障のとき、混濁の程度がかなり強くても視力は落ちていないことがあります。
視力を測るのに使う輪(ランドルト環)は白地に黒で書かれ、コントラストがはっきりとしているのが特徴です。コントラストが高いと、白内障で全体にかすみがかかった状態になっていても比較的見分けやすいので、視力を測ると意外に良いのです。しかし、実際の生活では、人の顔が見分けにくくなっていたり、夜間の運転ができなくなってしまっていることがあります。
従って、白内障の手術時期を視力だけで判断することはできないのです。
生活上の不便が生じているかどうかをお聞きした上で、診察所見と合わせて総合的に判断することになります。
このように、視力は「ものを見ること」のすべてを示すことができるものではなく、限界があるのだということをご理解下さい。
視力は将来も世界標準
限界はあっても、視力は便利な道具です。とくに、世界中で同じ基準が使われているというのは、他に代え難い利点です。
現在の「視力」の欠点を補う「ものの見え方の判断法」が過去にいくつか提案されてきましたが、結局ほとんど使われていません。わざわざ、既に世界標準ができているものを壊して、別のものを普及させるほどの利点はなかったのです。
たぶん、今後もずっと世界中で「視力」が使われ続けることでしょう。