川本眼科だより 281糖尿病網膜症の現在(いま) 2023年6月30日
糖尿病は様々な合併症を引き起こします。細い血管が傷むと腎症・神経症・網膜症・壊疽などを起こし、太い血管が傷むと脳卒中や心筋梗塞を起こします。その中でも糖尿病網膜症は失明することもある重大な合併症です。
糖尿病網膜症のことは 川本眼科だより209で取り上げています。大事なことはほぼここに書かれていて、今でも大筋は変わっていません。読み直していただければ幸いです。
ただ、高齢者では考え方が少し変わってきています。最近のトピックについてお話しします。
失明する人は減っている
30年前、糖尿病網膜症は日本の失明原因第1位でした。大問題でした。網膜症を悪化させてしまい、レーザー治療しなければならなくなったり、硝子体手術をしなければならなくなったりした患者さんがたくさんいました。できるだけの治療をしても失明を防ぎきれなかったのです。
今も糖尿病の患者さんが減ったわけではありません。網膜症を発症する人もそれほど減っていない気がします。
でも、重症化する人は明らかに減りました。近年、糖尿病網膜症に対してレーザー治療をすることが少なくなったと実感しています。悪化したために手術を念頭に大病院に紹介する件数も減っています。
その結果、糖尿病網膜症で失明する人も減っています。今では日本の失明原因第1位は緑内障です。かなり差が開いて第2位が糖尿病網膜症です。第3位が網膜色素変性症ですが、第2位と第3位は統計によって入れ替わります。第4位が加齢黄斑変性でどんどん増えています。
糖尿病患者さんの自覚が向上
糖尿病で失明が減ったのは医療関係者の努力の成果ということになっています。もちろんその努力を否定するものではありませんが、昔も今も医者は口を酸っぱくして「食事と運動」と指導し続けてきたわけで、別に最近になって指導の仕方が画期的に上手になったわけではなさそうです。
恐らく、テレビやインターネットを通じて医療情報に接する機会が格段に増えたのが第一の理由だと私は考えています。糖尿病についての知識が普及し、怖い病気なのでしっかり取り組む必要があるという認識が広がりました。糖尿病は薬より自己管理のほうがずっと大事という病気ですから、病気に対する自覚こそ重症化を防ぐためのキーポイントだったのです。
黄斑浮腫(おうはんふしゅ)が治療可能に
糖尿病網膜症ではしばしば黄斑浮腫(=網膜中心部のむくみ)を起こします。これは網膜症で視力が低下する最大の原因です。
従来、効果的な治療法がなく、どんどん視力が下がってしまうのを防げませんでした。今では、抗VEGF薬やステロイドの硝子体注射(=眼球への直接注射)により治療することが可能になりました。残念ながら完治は難しく、薬の効き目が切れると再発してしまうので、繰り返し注射が必要です。それでも、なすすべもなく手をこまねいていた時代に比べれば画期的な進歩です。
この治療法の登場が、糖尿病の失明率を下げた第二の理由です。相当に重症化してしまった網膜症が失明にまで至るのを防いだのです。
糖尿病治療に新薬が登場
日本では2009年からDPP-4阻害薬が、2010年からGLP-1受容体作動薬が、2014年からSGLT2阻害薬が、糖尿病の治療に使われるようになりました。治療の選択肢が増え、糖尿病をコントロールしやすくなったと考えられます。これら新薬の登場が失明率を下げた第三の理由です。
高齢者の糖尿病
糖尿病のコントロールは一生続ける必要があるわけですが、糖尿病患者さんが歳を取るといろいろ問題が起きてきます。
まず、運動量が減ります。立ったり歩いたりしている時間が減り、座ったり寝ている時間が増えます。日常生活全般で不活発になります。そうすると血糖コントロールは悪くなります。
そのぶんを食事制限で補おうとすると、今度はタンパク質の摂取量が減って筋肉が落ちてしまいます。筋肉量が減少することをサルコペニアといい、加齢のため体力が落ち病気になりやすくなった状態をフレイルといいますが、高齢者ではこういう状態に陥りやすいのです。
最新のガイドラインでは、フレイルを予防することが大事な目標になりました。そのためにはきちんとタンパク質を十分含む適正な食事をとり、体を動かすことが必要です。食事制限一辺倒だった従来の考え方を転換したわけです。
高齢者は低血糖に注意
厳しい血糖コントロールを追求すると低血糖も起こしやすくなります。低血糖では発汗・動悸・疲労感・脱力感などの症状が起きるので、そういう時は糖を摂取して血糖を上げるように指導されます。ところが、高齢者は低血糖の症状に気づきにくく、突然意識障害や昏睡を起こしてしまうことがあります。
低血糖は、転倒も心配だし、脳血管障害・心筋梗塞・認知症などを引き起こす恐れもありとされ、軽度の高血糖より危険だと考えられています。
そのため、最新の糖尿病ガイドラインでは、高齢者には従来よりも甘めのコントロール目標が設定されています。眼科医としては、血糖管理が甘くなるのはちょっと心配ですが、それだけ低血糖は怖いということですね。
なお、低血糖は食後高血糖に対し体が過剰に反応して起こることがあります。砂糖みたいな急激に血糖を上げる食物はなるべく控え目に。
高齢者の糖尿病網膜症
内科で糖尿病のコントロールがまずまずと言われている方でも、糖尿病歴が10年を超すとたいてい網膜症が発症します。小数の出血斑程度で軽症の場合が多いですが。
幸い、高齢になると網膜症の進行はゆっくりになります。若い方では2~3ヶ月で急激に悪化してしまうこともあるのですが、高齢者ではそんな急速な進行はまず起こりません。
でもゆっくりでも進行はしますから、注意深く経過観察します。血糖管理が甘くなれば、今までより網膜症が悪化する可能性は高くなります。必要に応じてレーザー治療などしていくことになります。つまり「With網膜症」で付き合っていただくわけですね。
(2023.6)