川本眼科だより 285硝子体注射 2023年10月31日
最近、眼科の治療方法の中で激増しているのが抗VEGF薬の硝子体注射です。新しい注射薬が次々に開発されています。加齢黄斑変性、網膜静脈閉塞症、糖尿病黄斑浮腫など、様々な疾患に使われ、今まで難治だった病気が治療可能となっています。今や点眼や手術と並ぶ治療の柱です。
今回は硝子体注射について取り上げ、その功績、限界、関連する問題などをお話します。
抗VEGF薬とは
体の中にはVEGF(血管内皮増殖因子)という物質があり、いろいろな生理作用を有しています。もちろん必要な物質なのですが、様々な病気の発症・悪化に関与していることが判明し、このVEGFの働きを抑えることでそれらの病気が治療できることがわかりました。
抗VEGF薬が使われる目の病気は以下の通り。
1)加齢黄斑変性(滲出型)
2)網膜中心静脈閉塞症/網膜静脈分枝閉塞症
3)糖尿病黄斑浮腫
4)近視性脈絡膜新生血管
5)血管新生緑内障
6)未熟児網膜症
硝子体注射
抗VEGF薬は、硝子体注射(眼球に直接針を刺す方法)でしか投与できません。残念ながら目薬や内服薬はありません。病巣に届かないのです。硝子体注射は怖いかもしれませんが、痛くはありません。
抗VEGF薬は治療を変えた
抗VEGFが登場することで眼科の治療法は様変わりしました。例えば、加齢黄斑変性症は良く効く薬がなく、手術成績も悪いという病気で、失明することも多かったのですが、抗VEGF薬は画期的と言える有効性を示しました。
ただ、完治することはやはり難しく、たいていは何度も何度も硝子体注射をし続けなければなりません。注射回数が10回、15回となることも決して珍しくありません。眼科医は大量の硝子体注射をこなさなければならなくなったのです。
新しい抗VEGF薬
2009年にルセンティス、2012年にアイリーアが発売され、この2つが長らく抗VEGF治療の主役でした。アイリーアのほうが治療間隔を若干長く開けられるという報告がありますが、効き目に大差はないと思います。ほかにマクジェンという薬もありましたが明らかに効果が劣ったのでほとんど使われず、販売中止になりました。
2020年にベオビュが発売されました。従来薬に比べて効果は優れていたのですが、眼内炎症をおこす副作用があるため、当初大学病院などでしか使われませんでした。しかし、眼内炎症は5%程度でそれほど多くはなく、ステロイド局所注射などで対応できますし、重症の糖尿病黄斑浮腫など他の抗VEGF薬が無効な場合でも効くことがわかり、見直されて最近は使用が増えています。
2022年にバビースモが発売されました。効果の持続時間が長く、注射の間隔を開けることが期待されています。これから使用が増えるでしょう。
後発品も登場しています。ルセンティスの後発品ラニビズマブBSは2021年に発売され、薬価は先発品の53%です。既に使っていますが、効果は先発品と変わりません。アイリーアの後発品も臨床治験を終えて発売準備中と聞いています。
抗VEGF薬は高価な薬で、患者さんには経済的問題で治療の継続を断念する人もいます。後発品が解決策となることを願っています。
抗VEGF薬の価格
抗VEGF薬は高価です。自己負担額は1割負担の方ならだいたいの目安として
ルセンティス \16,000 アイリーア \16,000 ベオビュ \15,000
バビースモ \18,000 ラニビズマブBS \9,000
3割負担の方なら上記の3倍です。高額医療制度もありますから、支払額がこれより少なくてすむこともありますが、それにしても高いです。
医療保険や生命保険の医療特約は残念ながらほとんど役に立ちません。手技代は安く、薬剤費が高いからです。手術の手技代には保険金が支払われますが、薬剤費には支払われないのです。
眼科医療費を圧迫
高価な薬をばんばん使えば当然医療費はかさみます。眼科医療費のうち抗VEGF薬に費やしたぶんが巨額になり、眼科の他の医療費が低く抑えられてしまい、眼科医は困っています。
抗VEGF薬が高いのは薬剤の開発費用を考えると仕方がないのですが、当初の予想以上に売れまくりましたから、既に開発費は回収できたはずです。発売後何年もたったら薬価を下げて注射しやすくできないものかと思います。今や特殊な治療ではなく、標準治療なのですから。
どう使い分けるか
種類が増えた抗VEGF薬ですが、どのように使い分けたらよいのでしょうか? これは医師によって意見が分かれるところです。絶対的な決まりはなく、好みやこだわりが反映されます。
まず、網膜静脈閉塞症は、ルセンティスでもアイリーアでも、何を使っても良く効くので、価格の安いラニビズマブBSの出番だと思います。
次に、加齢黄斑変性は、延々と注射を続けることが多いので、効果が長続きし注射回数が減らせるというバビースモが良さそうです。まだ評価が定まっていませんが、今後最も使われる薬になりそうです。
ベオビュは眼内炎症を起こすことがあるので、第一選択になりにくいのですが、他の薬が効かなかった場合の有力候補です。注意は必要ですが、難治な糖尿病黄斑浮腫など、治らなかった病気が治るようになるのは素晴らしいと思います。
硝子体前後の抗菌点眼薬
硝子体注射で怖いのは細菌性眼内炎です。当初はすごく心配されていたのですが、実はめったに起こりません。
感染予防のため注射前後には抗菌点眼薬を使うのが常識でした。添付文書でもそう指示されています。注射前3日間、注射後1週間が標準です。でもほとんど感染を起こさないなら、抗菌点眼薬が本当に必要なのか疑問が生じます。
私は今、目薬を使う期間を短縮し、注射前後それぞれ3日間だけとしました。将来、点眼不要となる可能性はあります。
(2023.10)