川本眼科だより 25カルテ開示(1) 2002年3月31日
カルテの内容を見たいという患者さんの声は強いですし、積極的にカルテを開示しようという流れもあります。
しかし、カルテ開示のためには医師のカルテの書き方を根本的に改める必要があり、一朝一夕には実現しそうもありません。
カルテを見たい
カルテの正式名称は「診療録」と言います。
健康保険に関する事項や病名など、記載内容が義務づけられた部分もありますが、基本的には自由に記述することができます。診察所見・検査結果・処方した薬の内容・今後の治療計画などを記述するのが一般的です。
そういう文書であれば、患者さんとしては見てみたいと考えるのは当然です。
しかし、実際にはカルテ開示は遅々として進みません。なぜでしょうか?
今のカルテは医師のメモ書き
理由は、要するに患者さんにお見せするように書いていない、ということに尽きます。
まず、カルテが日本語で書いていない場合が多いわけです。かつてはドイツ語でしたが、今日では英語で書くことが多くなっています。すべて英語で書くだけの英語力はないため、英語と日本語のチャンポンになっているのが普通で、さらに伝統的に医局で使われてきたドイツ語の単語が混ざっていることもよくあります。こういうドイツ語は仲間内の隠語みたいなもので、普通のドイツ人には通じないことが多いようです。
川本眼科では、すべてのスタッフにカルテの記載内容を理解してもらう必要上、カルテは日本語で書くことにしています。そもそも、患者さんの言葉はそのまま日本語で書かないとニュアンスが伝わりません。例えば、「ゴロゴロシカシカして、目の奥がちょっと重苦しく、ときどきキュッと痛む」なんていう発言を、日本語以外で書きようがないですよね。それでも、専門用語の多くは英語で書いています。日本語の医学専門用語は長ったらしいうえに画数の多い漢字ばかりで、忙しい外来の間に書いていられないのです。
さらに、略語の多用という問題があります。例えば糖尿病のことはDM、高血圧のことはHTと書きます。このほうが画数が少なくて書きやすいのです。このくらいの略語であれば、医師なら誰でも知っていますが、加齢黄斑変性症をAMDというとか、網膜剥離をRDということは、眼科の医師でなければ知らないでしょう。逆に眼科医は他科の医師が使う略語を知りません。同じ略語が科が違うと異なる意味で使われることもあります。例えば先ほどのDMという略語は、皮膚筋炎という意味に使われたり、デスメ膜という意味に使われたりします。ですから、他科のカルテは見てもちんぷんかんぷんのことが多いのです。
要するに、今のカルテは担当医のメモ書きのようになっていて、ほかの人に見せるという事態を全く想定していないのです。
カルテを書く時間がない
カルテを一般の方が読んでわかるようにするためには、日本語で書き、略語を廃し、内容を丁寧に記載することが必要と考えられます。
ところが、これが簡単ではありません。カルテを書く時間がとれないのです。患者さんが大勢お待ちで、必要な診察もしながら、できるだけの説明もしながら、ということになりますと、しわよせが来るのはカルテを記載する時間です。
同じ病気の場合に共通してみられる所見とか、その施設でいつも行う処置などは、カルテには省略されてしまいます。書いていなくてもわかることだからです。たくさんのカルテに同じことを書くのは時間の無駄ですから、その患者さんに限ってみられることだけを書くわけです。ところが、一般の患者さんにとっては、この省略が、カルテをわかりにくくしている最大の原因になります。
開業医の中には、ほとんどカルテを書いていない医師が結構いるようです。要するに自分だけしかカルテを使う人がいなければ、「他人にわからせる」という必要がないわけです。とくにかぜなどの比較的多く短期間で治ってしまう急性疾患では必要性が薄いわけですが、いざ薬に対するアレルギーなど事件がおきるとカルテの記載がないために困ったことになります。
「診療ノート」方式
眼科では、慢性疾患が多いので、1ヶ月毎くらいで受診する方が多く、医師が前回の診療内容をすべて覚えてはいられないので、カルテの必要性は高くなります。
川本眼科では、家内と私の2人で診療していますし、中京病院の応援医師もみえます。カルテをきちんと書いておかないと他の医師に前回の診療内容が伝わらないので、カルテは結構きちんと書いているほうだと思います。
それにしても、そのカルテは、眼科医がみればわかる、というレベルのもので、一般の患者さんがみてもちんぷんかんぷんでしょう。書いている内容はどこにどんな病変があったかなど大して医学知識が必要なわけではありませんが、略語が多く、眼科医にとっての常識的な事項は省略してあるので、一般の人には判じ物みたいになってしまうのです。患者さんにもわかるように詳しく丁寧に書こうとすると、同じことの繰り返しが多くなり、時間ばかりかかってしまいます。
ですから、私は、開業の際、カルテをそのまま開示する方法は無理があると考えました。そのかわりに考えたのが「診療ノート」という患者さん用の診療記録を作ってお渡しすることでした。病状の説明、検査結果、眼底写真などを記入したり貼付したりしてお渡しすれば患者さんにもわかりやすい開示方法になるだろうと考えたわけです。
しかしながら、この方式はとにかく手間暇がかかりました。最初は自分で説明を記入していたのですが、カルテを書きながら「診療ノート」にも記入するのは時間的にとても無理なことがわかり、医師が患者さんに説明した内容を介助の看護婦がまとめて簡単に記載するようにしました。そのため、どうしても不正確な記載になったり、「お変わりありません」と書いておしまいにしてしまったりということが多くなっています。
そのうえ、それだけ手間暇かけても、保険診療では普通に診療するよりお金がもらえるわけではなく、無料のサービスということになります。眼底写真のプリント代などもすべて持ち出しとなってしまいます。
川本眼科以外に「診療ノート」方式をまねするクリニックが出てこないのは、手間とお金の両面で引き合わないからです。
川本眼科でも、本音を言えばもうやめたいのですが、この「診療ノート」を売り物にここまでやってきたのですし、この方式を支持して下さっている大勢の患者さんがいらっしゃいますから、やめるわけにはいかず、歯を食いしばって頑張っているというところです。
次回は「電子カルテ」
カルテの開示方式としてもう1つ注目されているものに「電子カルテ」があります。電子カルテは今回述べたような問題点の解決策となる可能性を秘めているのですが、別の欠点がいろいろあって、容易には導入に踏み切れません。
次回は「電子カルテ」の話をする予定です。
2002.3