院長のつぶやき色覚多様性?
本日の日本経済新聞によると、日本遺伝学会は
「色覚異常」を「色覚多様性」と言い換えることを決めたそうだ。
新聞記事を読むまで、そんなことは知らなかった。
そして、記事では「色覚異常」は過去の名称だと断定している。
これは、事実に反する。
私の知る限り、日本眼科学会、日本小児眼科学会などはそういう決定をしていない。
今でも「色覚異常」が眼科用語集に載っている公式用語である。
しばらく前に、用語の改訂が行われた。
「第1色盲」→「1型2色覚」
「第2色弱」→「2型異常3色覚」
など、「色盲」や「色弱」という用語は撤廃された。
しかし、「色覚異常」という総称自体は、既に広く普及しており、
この名称を変更することは混乱を招くとして、変更が見送られた経緯がある。
同じ疾患について別名が増えるのは、望ましいことではない。
学会ごとに違う名称というのも困る。
歴史的経緯で1つの疾患に複数の名称がつくことはありうる。
それを統一しようとすると大変な労力が要る。
せっかく統一しているのに、逆行させるのはいかがなものか。
名称を変更するなら、学会同士で意思疎通を図って、統一して変更すべきだ。
日本医師会が音頭を取って「痴呆症」→「認知症」と変更した成功例もある。
私は多数派が「色覚多様性」を推すなら反対はしない。変更に従う。
でも、まだそういう意見集約自体がなされていないではないか。
恐らく、人権擁護派を気取った人たちのフライングなのだろう。
最も影響を受ける眼科医の意向を無視した用語変更などありえない。
自分たちだけよかれと思ってもダメ。他人の意見もよく聞かないと。、
主張には理解できる点もあるが、マイナス面を軽視しすぎている。
単純に、過去の論文を調べることだけ考えても、用語は同じ方が良い。
私自身は「色覚異常」という用語にさほど差別的な意味合いはないと思う。
「異常」という言葉への過剰反応ではないか。
言葉狩りはあまり生産的だとは思えない。
用語だけ変更しても、そこにまた色が付くこともよく経験する。
「メタボ」が「デブ」の代名詞となってしまったように。
私は今のまま、用語を変更する必要はないと思う。
(2017.10.26)
院長のつぶやき低矯正メガネは近視を進行させる?
過矯正メガネ(度が強すぎるメガネ)は近視を進行させる。
このことは従来から言われてきた。実験的証明もある。
そこで、完全矯正メガネか低矯正メガネを処方するのが一般的だった。
低矯正メガネとは、度が弱く、かけてもまだ近視が残るメガネをいう。
完全矯正メガネは、近視が全く残らない、ピッタリのメガネをいう。
小学生~中学生くらいでは一般に近視化しやすい。
ある程度以上近視になれば、黒板に書いた文字が見えづらくなる。
よく見るためにはメガネが必要になる。
従来、過矯正を恐れ、低矯正メガネにするほうが安全と信じられてきた。
しかし、最近の報告では、低矯正メガネもかえって近視を進行させるそうだ。
これは、一般的にはかなり驚きなのではないか。
「近視を進行させたくないから弱くして下さい」という親は多い。
それが実は逆効果だったなんて、びっくりだ。
「ぼやけた見え方」は過矯正でも低矯正でも近視を進行させるらしい。
近視進行抑制には、くっきりはっきり見えているのが一番ということ。
まあ、それでも、過矯正よりは低矯正のほうがましだろう。
若干の低矯正は、害が少ないと思う。
完全矯正にするつもりが、実は過矯正になってしまう危険性はある。
視力が十分出る範囲で少し低矯正気味にしておくのは問題ないと思う。
問題は、あまりに度が弱すぎるのはダメだということ。
おおざっぱに言ってメガネ視力で0.7~1.0くらいならOK。
どちらかというと1.0に近いほうが良さそうだ。
(2017.10.09)
院長のつぶやきスマホとカメラ
大学時代、一応写真部に所属していた。
暗室で引き伸ばしなんかもやった。
結構思い一眼レフと交換レンズを持ち歩いた。
旅行にもカメラバッグを持参した。
卒業してからは、写真を取ることは激減した。
時代も、フィルムからデジタルへと大きく動いた。
デジタル一眼レフも3機種くらい買い替えたけれど、
結局ほとんど出番がなかった。
デカいカメラは荷物になるのだ。
コンパクト・デジタルカメラでそこそこの写真は撮れる。
別にそんな芸術写真を撮るわけでもない。
多くは家族や友人との写真なのだから、高性能は要らない。
それでも、デジカメはいつも持ち歩いていた。
さほど撮らなくても、なんとなく持って行く。
たまには役に立つこともあるから。
最近になって、コンパクト・デジカメの出番も減ってきた。
スマホで済ませてしまうのだ。
もちろん、デジカメのほうが性能は圧倒的に良い。
ズーム機能はデジカメならばこそだ。
引き伸ばせば、画質には格段の差がある。
だが・・・
大きく引き伸ばすことをしなくなった。
プリントすることすら減った。
(撮るだけ撮ってそのままにしてしまう)
写真は手近なスマホで見ることが多い。
それなら、最初からスマホで撮ったほうが楽だ。
パソコンで面倒くさい作業をしなくてすむ。
どうせスマホで見るならそれほど高画質でなくてよい。
スマホなら、写真の送信や転送も楽だ。
一連の写真をアルバムにするなんて機能もあって便利だ。
要するに、画質で妥協できれば、スマホで取ったほうが
圧倒的に便利だし、使い勝手が良いのだ。
世の中の人がコンパクト・デジカメを使わなくなっている。
カメラは全然売れなくなっているそうだ。
最近は、私も、カメラを持たないことが増えた。
スマホだけで済むことも多いから。
元写真部員としては情けない。堕落かな・・・
でも、これも時代の流れだと思う。
(2017. 9.24)
院長のつぶやきトゥ、グォ、ツァ、々、ゝの入力方法
「トゥ」をどう入力するか? 直感ではわからない。
「ぁ」「ァ」はLAまたはXAで入力できることは知っていた。
だから、トゥはTOLUでいつも入力していた。
まどろっこしくて、入力のリズムも邪魔された感じだ。
最近TWUで入力できることを知った。これは便利だ。
底にはグォもGWOで入力できると記載されていたのだが、
やってみると「gを」と変換されて失敗した。
私の使っているATOKという日本語入力システムではダメらしい。
ちなみにツァはTSAで入力できる。これは前から知っていた。
「々」はどう入力するか?
ほとんどの場合、「人々」などと単語で使う。
単語全体で入力するから困ることは少ない。
どうしても必要な時は「人々」と打って、後から「人」を消していた。
「々」は「ノマ」で変換できるらしい。
確かにこの字はノ+マに分解できそうだ。
実は私は「云々」という言葉の連想で「々」を「ぬん」で単語登録してある。
「ゝ」「ゞ」も普通単独で使うことはない。
それに今日では「あゝ」より「ああ」と書いてしまうほうが多い。
でも、どうしても必要なら「くりかえし」と入力すれば変換できるそうだ。
お試しあれ。
(2017. 8.29)
院長のつぶやき電話型補聴器
高齢になると難聴の人が増える。
難聴だと、説明時に患者さんも医師も苦労する。
難聴になると「聞き慣れない言葉」が聞き取れない。
ふだん使っている語彙なら推測が働く。
断片的に聞こえるだけでも大丈夫なのだ。
でも、医療用語は馴染みがないので推測ができない。
大声を張り上げれば良いというわけでもない。
かえって、キンキン、ワンワンしてしまうそうだ。
むしろ、耳元で、ゆっくりと、一語一語区切って話すのが有効。
いろいろやっても、やっぱり聞き取れないこともある。
川本眼科の外来には「電話型の補聴器」が置いてある。2台。
製品名は「聴六くん」という。メーカーは助聴器と称している。
価格は通販で1万5千円くらい。補聴器としては安い。
これは結構役に立つ。
大声を出すより聞きやすいようだ。
補聴器の宿命として雑音も大きくなる。
でも、話を聞きたいときだけ電源を入れればよいので、
雑音のことがあまり気にならない。
常時装着型の補聴器よりも煩わしくないようだ。
川本眼科は2診体制で、診察室は隣接している。
一方に難聴の方が入室され、医師が大声で説明を始めると、
隣の診察してではうるさくて診療がストップしてしまうことがあった。
聴六くん導入以来、そういうことが減って、助かっている。
もっとも、聴六を使っても聞こえない人もいる。
そういう場合は、筆談しかない。
筆談には、説明内容が後に残る利点もある。
難聴の高齢者は、理解力も低下し、物忘れも多い傾向がある。
だから、難聴の程度が強いときは、無理しないで筆談にするのが得策である。
(2017. 8.12)