川本眼科だより 45医師の説明 2003年11月30日
医師には、いろいろな能力が求められます。
正しく診断する力や手術の技量は当然必要なわけですが、今日とくに重視されているのが「患者さんとのコミュニケーション能力」です。
私も毎日診察し、毎日患者さんにご説明しているのですが、なかなかこちらの意図が伝わらず、いつも説明の難しさを痛感しております。
複数の選択肢と患者さんの選択
納得診療(インフォームド・コンセント)があたりまえのことになりました。
治療法についても、複数の選択肢を示した上で、それぞれにどういう利益(メリット)があるのか、逆にどういう不利益(デメリット)があるのかを、十分説明して納得していただく必要があります。
医師が中立的な立場で医学的な情報をすべて提供した上で、患者さん自身でよく考えて結論を出していただくのが理想です。
ただ、実際はなかなか理想通りにはいきません。
情報過多は混乱を招く
まず、どこまで詳しく説明するかという問題があります。
こういう問題もある、こういう点も考える必要がある、とあんまり微に入り細に入り説明すると、患者さんは訳がわからなくなって混乱してしまうことが多いのです。
その上、自分が理解できた1つのことだけにこだわって他の情報は無視してしまう方も多くなります。人間は自分に都合のよいことだけ聞こうとする傾向があるのです。時間をかけて説明しても肝腎のことを理解していただいていない、という事態はありがちなことです。
情報はできるだけ簡潔に、整理してお話しする必要があります。
説明のしかたで印象は異なる
それに、同じことを説明していても、説明のしかたによって印象は大きく異なります。
例えば、「99.9%大丈夫です」と言えば、すごく安全なように感じます。しかし、「千人に1人くらい合併症がおこる心配があります」と言えば、危険性があるということが強く印象づけられて心配になるのではないのでしょうか。
実は同じことを話しているのですが、言い方によってまるで違って聞こえるのです。
患者さんの反応で説明を変える
説明に対する患者さんの受け取り方もさまざまです。
誰の目にも手術が必要だと思われるのに、「絶対に手術はいやだ、自分は歳だから手術なんか受ける必要がない」と言い張っている患者さんに対して、手術でおこるかも知れない合併症の話を延々としたって意味がありません。
この患者さんに必要なのは説得です。あくまでも患者さんの利益を考えた上で、説明より説得を優先することは許されることだと思います。
逆に、口コミで手術の利点を吹き込まれて、最初から手術するつもりになっている方には、手術の危険性について注意を喚起することも必要です。少し冷静になっていただくわけです。さもないと正しい判断ができないでしょう。
医師は、患者さんの反応をみながら説明のしかたを変えています。それができる医師が説明上手な医師だと思います。
「結論が先」はわかりやすいが
患者さんは、医師の一言一言に過剰反応しがちです。
ある治療法の利益について説明すると「その治療を受けよう」という気になりますし、不利益について説明すると「ではやめよう」と短絡的に考えてしまうことになりがちです。利益と不利益を天秤にかけて判断することは結構難しいことなのです。自分が不案内な分野の話ならなおさらです。
わかりやすいのは、結論を最初に提示するやり方です。例えば、
「視力が落ちたのは、白内障が原因です。結論から申し上げると、手術したほうがよいと思います。なぜかと言うと・・・」のような感じです。
医師の側にしてみると、短時間のうちに結論を出してから説明を始めなければならないのが大変ですが、十人中九人まで同じ結論を出すような時は、こういう結論を先に述べるスタイルのほうがわかりやすいことは間違いありません。
患者は医師に誘導されやすい
しかし、必ずしも結論が1つに決まらないこともよくあることです。その場合、医師の一言が治療方針を決めてしまうことになるので、結論を提示するのは慎重にならざるを得ません。
例えば、小学6年生の子供に片目の弱視が見つかったとしましょう。この子供にアイパッチ(良いほうの目を隠して弱視の目の発達を促す方法)をするかどうかは難しい問題です。治療効果はさほど期待できないのですが、多少は良くなるかも知れず、後になれば治療は不可能になります。
「この年齢では視力の大幅な向上は望めない」
「しかしはじめてアイパッチを試みる場合なら、少しだけ向上する可能性はある」
「弱視眼の視力が少し向上しても、実生活上の利点はないかも知れない」
「健眼にも何がおこるかわからないのだから、努力は無駄ではない」
「多感な時期にアイパッチを続けるのは、本人にとって相当な苦痛だろう」
以上のような説明を十分にした上で、親御さんとご本人に選択していただくわけです。
この場合、医師が「もう年齢的に視力の向上は難しい」という点を強調すれば親御さんはおそらくあきらめるでしょうし、医師が「望みはあります。少しでも良くなるように頑張りましょう」と勧めれば治療しようと思うでしょう。
患者さんはどうしても医師の言葉に誘導されやすいのです。そういう意味で医師の責任は重大です。このケースで、医師が軽々しく結論を口に出すわけにいかないのはおわかりいただけると思います。
こういう場合は、複雑な話を複雑なまま理解していただくことが必要です。しかし、いくら時間をかけてもなかなか十分には理解していただけないものです。矛盾する希望があったりしますし、迷うばかりで、どうしても自分たちで判断できないことも多いですね。
説明を繰り返した上で、最後は患者さんやご家族の意向を医師の側で汲み取って助言することになります。
聞き上手になる
理想的な納得診療(インフォームド・コンセント)は、患者さんが聞き上手で、十分な理解力があるとき初めて成り立ちます。
話も聞かずに手術を頑なに拒否する方、思いこみやこだわりが強い方は、詳しい説明を聞く機会を自ら逃しているのです。
医師が説明し、患者さんが説明をよく聞いた上で疑問点を質問し、医師がまたその質問に答える、という言葉のキャッチボールが成立すると理想的です。
ぜひ、あなたも聞き上手の患者さんになって下さい。
2003.11