川本眼科だより 47人違い事故を防ぐ 2004年1月31日
医療機関で、患者さんの取り違え事故がおこり、大きく報道されることがあります。
こういうことは個人的な不注意として片づけてられてしまうことが多いのですが、もともと人間は、物忘れをしたり、勘違いをしたり、思いこみをしたりしやすいので、人間の注意力だけに頼ることは危険です。
個人の責任を追及することより、ミスを犯しやすいシステムを改善することのほうが大事だと思います。
今回は、人違いはどうしておこるのか、どうしたら防ぐことができるのかを考えてみたいと思います。
患者さんの取り違え事件
4年前に、横浜市大病院で、心臓病の患者さんと肺疾患の患者さんを取り違えて、それぞれ必要のない手術をするという事件がおこりました。
3年前には、筑波大病院で、検査標本に貼ったラベルが間違ったために、肺の感染症の患者さんに肺癌の手術をするという事件がありました。
昨年も、小牧市民病院で、人工授精の際に患者さんの取り違え事件がおこっています。
当然のことですが、こういう取り違えはめったにおこりません。日本全国で行われている膨大な手術や処置の件数を考えれば、取り違えがおこる確率は非常に小さいと言ってよいでしょう。
もちろん、たとえ確率は小さくとも、こういうことはあってはならないことです。医療関係者全員が本人確認の重要性を認識すべきです。
もともと医療機関には大勢の患者さんがみえますし、受診するまで患者さんと医療側には面識はないのが普通ですから、人違いがおこりやすい条件にはあるのです。
思いこみによる危険
手術時には、人違いなどおこらないように、通常本人確認は念を入れて行います。
しかし、一度チェックをすり抜けると、まさか人違いがおこっているとは誰も思いませんから、目の前の患者さんが本人だと信じ込み、そのことを疑うことは普通ありません。
一度強い思いこみをおこすと、人間はそれと矛盾する点を無視してしまう傾向があります。
横浜市大や筑波大の事件は、患者さんの取り違えがありうるということを常に念頭に置いて対処しなければならないという警告になりました。
手術時の改善策
手術の時には、患者さんは、麻酔をかけやすくするため、もうろうとする注射をされていることが多く、本人に名前を確認することが難しくなります。
さすがに、横浜市大の事件を教訓に、ほとんどの病院で、手術時の本人確認法に抜本的改善策が採られたようです。手術患者さんには、ネームプレートを直接身体に装着していただき、麻酔時・手術開始時にも二重・三重にチェックを繰り返すようになりました。
それでも、手術以外ではそれほど厳格に本人確認をするわけにはいきません。
他人の名前でもつい「はい」と
医療機関では、診察や処置のとき、患者さんの名前をお呼びします。
このとき、患者さんの中には、はっきり聞き取れなくても、自分が呼ばれたかも知れないと思い、つい返事をしてしまう方がいらっしゃいます。とくに高齢者の場合は、耳が遠くなっていることが多いので、周りの雰囲気で返事をするのが習慣になっていることがあります。
本当の患者さんが、トイレに行っていたり、耳が遠かったりして、返事をされないこともありえます。返事をしたから本人だと信じ込むと間違えることがあるのです。
名前を確認する方法の落とし穴
さすがに、顔見知りの患者さんの場合は、まず間違えることはありません。
ですから、顔見知りの患者さんに対して、何度も「○○さんですね」と確認することはしません。既に何度も受診しているのに、何度も何度も名前を確認されたら、「なんだ、名前も覚えてくれていないのか」と患者さんも不快でしょう。
医療機関側では、何回か受診されている方にはお名前を確認しづらいものです。また、受診当日はじめにお名前を確認するのは当然ですが、途中で名前を確認するのはどうしても遠慮することになります。
ここに落とし穴があります。
人間の記憶はまことに頼りないもので、以前その患者さんが受診されたときにはお名前を覚えたとしても、1ヶ月も経つと記憶があやふやになってしまうのです。当院を受診された患者さんは開業以来2万5千人を超えており、とうてい覚えていられるものではありません。一部のスタッフがお名前を覚えている場合でも、スタッフ全員が覚えているわけではありません。
受付・検査・処置・診察で別々の人間が担当していますから、途中で取り違えがおきる可能性もあります。そうかといって、そのたびにお名前をいちいち確認していたら患者さんはわずらわしくてしかたありません。
顔写真を撮る方法
本人確認の手段として、顔写真を撮ってカルテに貼り付けるという方法があります。この方法は、当院とも関係の深い近視手術専門施設のリフラクティブ・アイ・クリニックで実際に採用しています。
これは人違いを防ぐには大変有効な方法ですし、そのほかの利点もあります。ふつう、カルテを見ても、その患者さんのお顔まではなかなか思い出せません。もちろん、頻繁に受診されていたり、特殊な病気だったりすればわかるのですが、「軽度の白内障で特に大きな問題がない」などという場合は難しくなります。カルテには患者さんの外見や話し方まで書いてはありませんが、顔写真があれば記憶と結びついてそういうことまで思い出すこともできます。
問題は、写真を撮られることに対する抵抗感でしょう。気にしない方も多いでしょうが、どうしても写真を撮られるのが嫌いな方もいらっしゃいます。全員に強制するわけにはいきません。
名札型の番号札
幸い、川本眼科では、今まで患者さんの取り違え事故はおこっていません。しかし、万一を考え、検討の結果、本人確認法の抜本的改善策として、受付の際に名札型の番号札をお渡しして、これを着用していただくことにいたしました。
もちろん、これからもお名前の確認はいたしますが、番号札により、失礼にならずにご本人かどうかの確認ができます。人違いの可能性をほとんどなくすことができるのです。
患者さんの中には、写真を撮られるほどではないにせよ、多少の抵抗感があって、「番号札をつけるのが気恥ずかしい」という方もいらっしゃるようです。しかし、これは本人確認法の切り札として導入したものですので、御協力いただければ幸いです。
2004.1