川本眼科だより 69医学部受験と年齢 2005年11月30日
今年の春、群馬大学医学部を受験した55歳の女性が「年齢を理由に落とされた」として大学を訴え、医師の間ではかなり話題になりました。
医学部では他大学を卒業後に入学するケースが増えています。66歳の医師国家試験合格者も出ました。みなさんは、医学部に入る年齢についてどのようにお考えになりますか?
不合格は年齢が理由?
今年の春、群馬大学医学部を受験して不合格になった55歳の専業主婦がいました。3回目の挑戦だったそうです。ある意味で不屈の意志と努力だったと思います。彼女は群馬大に個人情報の開示を請求し、筆記試験の点数は合格者の平均点を10点上回っていたことがわかりました。
ただし、群馬大は面接もしているので、筆記試験の成績だけでは合否が決まりません。
彼女は大学に問い合わせ、電話に出た担当者から非公式に55歳という年齢が問題になった旨の説明を受けたそうです。
そこで、6月に「年齢を理由に不合格とするのは不当」として裁判をおこしました。
以上が報道された内容ですが、事実関係の細かい点は不明です。群馬大は面接の基準や点数は明らかにしていないし、裁判では年齢を理由に合否を決めていないと言っています。本当のところはよくわからないのです。
ただ、この報道は医師の間にも波紋を呼び、インターネットの世界では、医学部受験のときに年齢を問題にすることについて賛否両論大いに議論が沸騰しました。
55歳で医学部に入学すると
医師になるには時間がかかります。他の仕事より一人前になるのが遅いのです。
55歳で医学部に入学すると、卒業は61歳です。現在2年間はあちこちの科をまわって研修することになっていますから、実際に専門の科での研修が始まるのは63歳です。さらに、ひとりだちして医療が可能になるのにどうみても5年間はかかります。その時には68歳です。
さて、この人はそのあと何年医療人として社会に貢献できるでしょうか? 正直なところ、なかなか難しいと言わざるを得ません。55歳定年では早すぎるかも知れませんが、70歳となればたいていの職種ではリタイアする年齢ですよね。
もちろん、誰にも自分の人生を選ぶ権利がありますから、どうしてもやりたいというものを無理に止めることはできません。
ただし、国立医学部の場合は、本人の勝手と言っていられない問題もあります。
医学生を育てるための税金
私立の医学部では、入学金や授業料などすべてひっくるめて6年間でだいたい3~4千万円かかります。これは公的に発表されている数字ですが、それ以外にもかなり多額の寄付金を要請されることがあるそうです。
それに対し、国立の医学部の学費は、6年間でだいたい350万円です。医学部でも他の学部と授業料は同じです。(現在学部別授業料の導入が検討中) もちろん、国立でも医学部の教育にはたくさんのお金がかかります。足りない分は国が補助しているわけです。そのお金は、いろいろな名目でまとめて支払われているし、人件費や病院の経費と一緒になってしまっているので、一人あたりいくらかかっているかははっきりしません。
常識的に考えれば、私立でかかるお金は国立でもかかるはずです。その差額は、結局は税金でまかなわれているわけです。
医学生にそれだけのお金をかけるのは、国民の健康を守るための投資です。将来医師として社会に貢献してくれると期待しているのです。
そう考えた場合、年齢が若いほうがそれだけ長く働くことができるのは当然ですから、合否判定の上で年齢を考慮することは、決して間違っているとは思いません。医師を育てることは社会の要請であり、公共性を考えないわけにはいきません。
人生経験を活かす
もちろん、年齢が上ということは悪いことばかりではありません。
医師に必要な資質として、患者さんに共感する心とか、生活の背景にまで踏み込んでの理解とかいったことがあります。若い医師には難しいことですが、人生経験が豊かならそういう資質に優れているということはありそうなことです。もっとも、単に歳を重ねただけという人もいますから、一概には言えませんが。
それにわざわざ回り道をしてでも医学を学ぶからには、それなりの志の高さもあるでしょう。どうしても医師になりたかった体験があるのかも知れません。社会人が大学に行った場合、若者よりよっぽど真剣に学ぶ姿勢があるという話もよく聞きます。
だから、単純に年齢だけで門戸を閉ざすのも考えものです。
年齢は減点評価が妥当
もしも、年齢のハンディを乗り越えるだけの抜群の成績なら、50歳でも60歳でも入学を認めてよいでしょう。世の中に十分な貢献ができるかどうかという問題はありますが、少人数なら許容できるでしょう。そういう人の生き様それ自体が医師や医学生にとって大きな刺激となることもあるでしょうし、そういう人でなければできない仕事というものもあるでしょう。
ただ、ほとんど同じ、あるいは少しまさっている程度の成績なら、若い人のほうを優先すべきだと私は考えます。若い人は春秋に富み、未来への可能性が大きいのは間違いありません。記憶力も体力も若いときのほうが優れているでしょう。
中高年には人生経験の豊かさという利点がありますが、若い人もいずれは歳を取り、人生経験を積みますから、決定的な利点とは言えません。
以上のような点を考慮すると、年齢については減点評価の対象とする、といったところが妥当な解決ではないでしょうか。
2005.11