川本眼科だより 86失明の原因 2007年4月30日
「失明したくない!」
これは誰しも願うことでしょう。眼科医がまず第一に目指している目標でもあります。
今回は失明の原因としてどんな病気が多いのがお話ししたいと思います。なお、失明原因の順位は公表されている資料を用いましたが、実は報告によって順位がまちまちですし、年によって順位が入れ替わることもあります。絶対的なものではないことをお断りしておきます。
失明の定義
失明は必ずしも「視力ゼロ=完全に光もわからなくなった状態」ではありません。統計をとるときは、ふつう「社会生活がきわめて困難な程度まで視力が低下した状態」を指します。この視力がどの程度かは議論があるところですが、一般的には「矯正視力0.02以下」とすることが多いようです。
実際には失明の定義が統一されていないため、各種統計を比較することが難しくなっています。
日本における失明原因
日本では失明原因の第一位は糖尿病網膜症(とうにょうびょうもうまくしょう)です。糖尿病の合併症の1つで、血糖が高い状態が数年続くとおこりやすいとされています。
第二位は緑内障(りょくないしょう)です。日本緑内障学会が多治見市で行った調査では、40歳以上の5%が緑内障にかかっているという結果が出ています。
2つの病気に共通するのは、初期には自覚症状がなく、相当進行するまで気づかないという点です。なかなか眼科を受診しないことが多いですし、病気を甘く見て途中で治療を勝手に中断することにもつながります。悪化して見えづらくなってからあわてて治療を開始してももはや手遅れになってしまっていることがあるのです。
本当は、糖尿病網膜症や緑内障には既に治療法が確立していて、早期に発見してきちんと治療を続ければ失明はだいたい防ぐことができます。早期発見に関してはかなり努力されてきていますが、まだ不十分です。治療からの中途脱落に対してはほとんど対策が立てられていません。この対策こそ不幸な失明者を出さないために最も重要です。
第三位以降は統計によりばらばらですが、網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう)という病気が上位にきます。遺伝子の異常による病気なので、将来は遺伝子治療が可能になるのではないかと期待されていて、日本でも九州大学が研究しています。ただ、残念ながら実際の治療開始はまだずっと先のようです。
米国における失明原因
アメリカ合衆国では、失明原因の第一位は加齢黄斑変性症(かれいおうはんへんせいしょう)です。ヨーロッパの多くの国も同じです。
食生活の違いとか、白人ではメラニン色素が少ないからとか、いろいろ説はあるものの、なぜ多いのか本当のところはよくわかりません。
名前の通り高齢者に多く、日本でも人口の高齢化に伴って増加していて、将来は失明原因の第一位になると予想されています。糖尿病網膜症や緑内障は対策により失明者を減らすことが十分可能なのに対し、加齢黄斑変性症はいまだに治療が困難で、いろいろ手を尽くしても視力の大幅な低下が避けられないことが多いからです。
先進国においては、将来はどの国も加齢黄斑変性症が失明原因の第一位になるでしょう。
世界における失明原因
世界に目を転ずると、失明原因の圧倒的第一位は白内障(はくないしょう)で、なんと約半数を占めます。
もちろん、白内障は手術をすれば治る病気です。しかし、多くの国々では白内障手術を受けることができません。高価な眼内レンズを使うことなど夢のまた夢にしか過ぎません。国の経済力は国民が受けられる医療水準に直結するのです。
幸い、日本では、所得が低くても生活保護を受けていても、何の問題もなく白内障手術を受けることができます。日本の医療制度についていろいろ不備が指摘されていますが、所得にかかわらず誰もが高い水準の医療が受けられるという点で、国民皆保険制度は本当にありがたい制度だと言えるでしょう。米国の医療水準は世界一ですが、貧困層はその恩恵に浴さず、十分な医療が受けられないのです。
WHOは世界中の失明の75%までは回避できると推定しています。しかし、そもそもお金のからむ問題ですから簡単ではありません。
発展途上国に無償で白内障手術をしに行ってあげようというアイデアもあり、実践している人たちもあります。しかし、援助するにしても、食糧を提供したり井戸を掘る技術協力をしたりするほうが先決でしょう。医療にしても白内障以前に命に関わる感染症対策のほうが優先されるでしょう。
失明防止
失明防止対策は不十分です。発展途上国はもちろんですが、日本でもまだまだ失明を減らす余地があると思います。
問題はそのために必要なお金です。失明原因の主要疾患に対して、予防・治療・広報・啓蒙などのために手厚い助成が必要です。それなのに国は医療費削減にやっきになっていて、必要な分野までお金をケチっています。もしそのために視覚障害者が増えれば、ケアのために大金がかかるのに、そういう想像力は働かないのです。目先のことしか考えていません。失明を予防するほうが、失明してからの福祉より安上がりなのは自明です。もし仮に予防のほうがお金がかかったとしても、別にかまわないと私は思います。国民の幸せのためですから。
必要なことにお金をケチってはいけません。
2007.4