川本眼科だより 87余命(よめい)と治療方針 2007年5月31日
「もう歳だから手術なんかしたくない」
患者さんはよくこうおっしゃいます。
「どうせあと5年くらいしか生きないから」
でも、それって本当なんでしょうか? もしも30年生きたら予定が狂ってしまいますよね。
余命がどれだけあるのかということは、治療方針を決める上で結構大切なことです。
今回は、医師が年齢についてどんな風に考えているのかを知っていただこうと思います。
余命とは
あと何年生きられるのか? 神ならぬ身、確実なことは言えません。明日大地震がおこって家の下敷きになるかも知れません。
ただ、今40歳の日本人男性なら平均してあと40年生きられると言うことが統計上わかっています。これを「平均余命」と言います。これはあくまでも平均ですから、5年しか生きられない人もいれば60年生きられる人もいるわけです。
平均余命は、現在の状況が変化しないことを前提にしています。ですから、がんの画期的治療法が登場したりタバコが全面的に禁止になったりすれば平均余命は伸びるでしょうし、新型インフルエンザが猛威をふるったり貧富の差が拡大して貧困層の栄養状態が悪くなれば平均余命は短くなるでしょう。決して固定したものではないのです。
平均寿命
しばしば誤解されているのですが、平均寿命から自分の年齢を引いても平均余命にはなりません。
例えば、日本人女性の平均寿命は86歳です。そうすると、今80歳の女性は余命が6年なのでしょうか? これは誤りで正解は余命11年です。それでは90歳だったら? もう、平均寿命を超えてしまっていますね。実は90歳でも余命はあと6年あります。100歳でも3年あるのです。
平均寿命というのは今生まれたばかりの新生児の平均余命を言います。若いときに死ぬことも当然あるわけで、その間を無事に過ごした人は平均寿命よりも長生きすることになります。
ですから、「もう歳だから」なんて言っている本人が思っているより余命は長いのです。
緑内障と余命
余命を考える病気として代表的なのは緑内障です。基本的に治ることはなく、徐々に進行していく病気ですから、もしも永遠に生きられるなら必ずいつか失明するはずです。
しかし、幸い、実際には多くの緑内障は進行が遅いし、治療によって進行を遅らせることができます。現在の進行程度から予想される失明時期が仮に150歳ということなら、別にあわてる必要はないわけです。とくに最近診断されることが多くなった正常眼圧緑内障では進行が遅いので、失明まで至ることはまれです。
余命を考えた場合、高齢になってから緑内障が見つかっても、初期段階ならあまり心配する必要はありません。80歳以上なら治療する必要もないかも知れません。もちろん、既にかなり進行していれば短期間で失明する危険もあるので何歳であっても治療は必要です。
逆に、低年齢で緑内障が疑われた場合は要注意です。若いうちははっきりした視野障害が出ることは少ないのですが、なにしろ余命が長いので、たとえ進行がゆっくりでも最終的には相当深刻なことになると予想されるからです。
若い人の場合、治療薬を使わなくとも定期的な検査だけは受けておいたほうが安全です。
白内障と余命
白内障手術を「歳だからしたくない」といやがる方は多く、「あと○年しか生きないから」というのが常套句です。
確かに、胃ガンや肺ガンの手術なら、年齢を考慮して手術をしないという選択も考えられます。こういう手術は苦痛を伴いますし、回復にも時間がかかります。手術によって体力が落ち、死期を早める可能性だってあります。
しかし、白内障手術は事情が異なります。手術は痛くないし、時間も短く、体力が落ちる心配はありません。患者さんの負担に比較して視機能の向上というメリットは非常に大きく、受けて損のない手術です。
白内障手術を受ける方はほとんどが高齢者で、若い人にくらべて当然余命は短いわけですが、ご本人が思っているほど短いわけではありません。80歳でも男性で8年、女性で11年の余命があり、しかもこれは平均ですから20年以上生きる方も当然いらっしゃるわけです。
残りの人生を見えづらいまま過ごすか、よく見えるようになって過ごすか、その差はきわめて大きいと思います。
がんと白内障手術
がんの患者さんが白内障になることも当然あります。がんを完治させることができず、余命が短いと予想されるとき、白内障手術はどうしたらよいでしょうか?
さすがに、なんでもかんでも手術したほうがよいとは思えません。生活に支障がない程度に視力を保っているなら、そっとしておくのが最善の方策でしょう。
しかし、白内障のために視力が低下し、生活上困っているなら、積極的に手術することをお勧めいたします。たとえあと半年しか生きられないとわかっていても、逆にそういう貴重な時間だからこそ、よく見えたほうがよいと信じます。
見るものがみんな色鮮やかに見え、細かいことまで観察できれば感動が生まれます。正岡子規が不治の病だった結核での療養生活中に、死と向かい合いながら詠んだ数々の名句を思い起こしてみて下さい。病気のさなかにあっても、いかに見ることが大切なのかわかるのではないでしょうか。
2007.5