川本眼科だより 109ハンズオンリーCPR 2009年3月31日
アメリカ心臓協会は昨年4月に新しい救命法について勧告しました。「ハンズオンリーCPR」と言います。訓練を受けていない人でもできる方法ですし、感染の心配もありません。
突然倒れた人のそばに医者や看護婦がいるなどという幸運はほとんどありません。命を救うためには、救急車が到着するまでの間、たまたまそばに居合わせた一般人が、勇気を持って救命のための行動をおこすことが必要なのです。
もし目の前で人が倒れたら
あなたの目の前で人が突然倒れました。意識がありません。さあ、どうしましょう?
こういう場合、たいていの人はあわてふためき、冷静な判断力を失います。うろたえてしまい、手をこまねいてしまいます。つまり、その場になって考えていたのではダメで、それでは絶対に適切な行動を取ることができません。
あらかじめそういう場面に遭遇した自分を想像して、人の命を救っている自分のイメージを頭に焼き付けておくことが大切です。競技会に出るようなスポーツ選手ならよくやっていることで、これをイメージトレーニングと言います。
想像してみて下さい。人が倒れた時にてきぱきと救命活動を行い、駆けつけた救急隊に引き継ぎ、患者さんの家族から「命の恩人です」と感謝される自分の姿を。カッコイイと思いませんか?
私はいいや、などと言っているあなた。赤の他人なら死んでも仕方ないかも知れません。でも、愛する家族が目の前で倒れたとき、何もしなくてよいのですか?
大事なのは最初の5分
意識があるなら、あわてることはありません。呼びかけに反応するなら呼吸もしていて心臓も動いています。救急隊が到着するのを待てばいいでしょう。
問題は意識がないときです。その人は心室細動という状態になっている可能性が高いのです。心室細動とは要するに心臓が止まってしまったということです。
心停止後1分経つごとに救命率は約10%下がると報告されています。都市部では救急車の平均到着時間は約7分です。(救急車の不適正使用のため到着時間は年々延びているそうです。)
つまり、心臓が止まった時に救急車が来るまで何もしなければ7割くらい死んでしまうということです。逆に早期に救命法を実施すれば、やり方に少々問題があっても救命率は格段に高くなるのです。
従来の救命法は難しい
従来の救命法は、人工呼吸と心臓マッサージを同時に並行して実施するというものでした。これは理屈にかなっていますし、きちんと実施すれば最善の方法です。
問題は、一般の人には敷居が高いことです。人工呼吸1回に対し心臓マッサージ15回の割合で行うとか、人工呼吸をするときは傷病者のあごを持ち上げて首を後ろにのけぞらせるとか、毎日繰り返せば誰でもできるようになりますが、一生に一回突然そういう現場に居合わせた時に頭の中の知識だけでは体が動きません。
たとえ救急の講習を受けたって何年かすると忘れてしまいますよね。実は医師だって同じです。私は23年前に口対口の人工呼吸をした経験がありますし、5年前には救急蘇生の一日研修を中京病院で受けて認定状をもらっています。それでも、ふだん眼科の一般診療ばかりしていると、いざという時にちゃんと蘇生ができるか自信がありません。職業柄ベストを尽くしますが。
人工呼吸せずに心臓マッサージだけ
人が倒れても、救急法に自信がないためにほとんどの人は手を出しません。そのために、すぐ手当をすれば救われたかも知れない人命が数多く失われています。
この状況を改善するためにアメリカ心臓協会が提唱したのがハンズオンリーCPRです。簡単に言うと、人工呼吸はやめてしまって心臓マッサージだけしましょうというのです。
血液が脳に酸素を運ばなければ脳はたちまち深刻なダメージを受けます。血液の流れが止まればアウトですが、呼吸をしていなくても血液の流れさえ続いていれば、血液中にはまだ利用可能な酸素が十分残っているので、数分程度なら耐えられるのです。つまり心臓マッサージだけしておけば命を救える可能性はぐっと高まります。
口対口の人工呼吸では救助者がエイズなどに感染する危険がありますが、心臓マッサージだけならそういう心配もいりません。
心臓マッサージは胸(きよう)骨(こつ)を押す
心臓は胸のほぼ中央にあります。左側にあるわけではありません。少しだけ左に寄ってはいますが無視してかまいません。肋骨の左右をつないでいる縦に長い骨が胸骨です。心臓マッサージは胸骨をまっすぐ強く押せばよいのです。
強さは体重をかけて強く押せばよく、弱すぎることはあっても強すぎることはまずありません。遠慮せずに押しましょう。心臓マッサージ中に肋骨が折れることもありますが、救命が第一ですから構わないのです。
回数は1分間に100回くらい。ずいぶん速いペースです。アメリカ心臓協会ではこのリズムを取るのに映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の主題歌だったビージーズの「ステイン・アライブ」が最適だと推奨しています。
http://www.youtube.com/watch?v=OCAjmuA1HDk 時事通信出版局「家庭の医学」より
このペースで胸骨を強く押し続けると数分でへとへとになってしまいます。交代で続ける必要があります。一人で全部やろうとせず、通りがかった人に声をかけ、手伝ってもらいましょう。この場合、「誰か手伝って下さい」ではダメです。逃げられてしまいます。これぞと思った人に直接声をかけ目を見てお願いすると、たいていの人は手伝ってくれます。
意識がない人にすべきこと
人が倒れ、意識がなくぐったりしていたら、ぐずぐずしていられません。
1.119番で通報しましょう。
まずは救急車を呼びます。協力者がいれば通報と救命を同時に始められます。ポイントは「意識がない」ことを伝えること。
2.心臓マッサージを始めます。
溺れた人や子供では人工呼吸もしたほうがよいのですが、とにかくできることをします。
3.AEDを持ってきてもらう。
心停止ならAEDで助かる可能性が高いので、近くにAEDがあれば持ってきてもらい、すぐにやってみましょう。
2009.3