川本眼科

文字サイズ

小 中 大

川本眼科だより

川本眼科だより 114余分な検査? 2009年8月31日

ものもらいの患者さんに視力検査をしようとしたら拒否され、「点数稼ぎをしている」「ちゃんとした眼科ならやらない」という趣旨のことまで言われ、まるで悪徳医師扱いです。

私なりに医療の理想像を追いかけて努力してきました。それを全否定されて、やりきれない気持ちになりました。

先輩医師の教え

私が東大で眼科の研修をしていた頃、先輩医師から厳しく叱られたことがあります。初診の患者さんで、結膜下出血という普通放置しても構わない症状だったので特別検査はしなかったのですが、実はその患者さんは高度近視で周辺網膜に穴が開いていてレーザーで穴を塞ぐ治療が必要だったのです。

結膜下出血と網膜の穴との間に因果関係はありません。たまたま合併しただけです。ですから医療ミスではなく、ある意味仕方がないこととも言えます。それなのに先輩医師はなぜ私を咎めたのでしょうか?

「眼科を訪れた患者さんは眼の病気をすべて見つけてほしいと考えている。早期発見してあげれば患者さんは喜ぶ。屈折や視力のような基本的な検査をしなくて病気を見落としたら医師の怠慢だ」

その言葉は心に染みました。訪れた患者の眼の病気はすべて見つけるというのは高い理想です。素晴らしいと思います。医師の心意気ですよね。

それ以来、自分もできる限りそういう理想に近づきたいと考えるようになりました。ただ現実は甘くありません。我が身の未熟を恥じる毎日です。

医師に期待されていること

患者さんは「痛い」とか「見えづらい」とか具体的な症状を訴えて受診します。そういう訴えの原因を突き止め、解決策を提示するのは医師の大事な仕事です。

しかし、それだけが医師の仕事ではありません。たとえ訴えがなくても病気を発見することを医師は期待されています。

ですから、内科医は初診時の血液検査でたくさんの項目を網羅します。いろいろな病気が発見できるようにしているのです。患者さんの自覚症状と関係ない項目は点数稼ぎなのでしょうか? 血液検査の項目を省略して病気を見落としたら訴えられますよね。

産婦人科医は診察時に子宮がんの検査を同時にしておきます。これは点数稼ぎでしょうか? 患者さんにとっても、別の日に検査を受けに行くよりついでに検査しておいてもらったほうが助かるに決まっています。

自覚症状がなくても

眼科では緑内障や糖尿病網膜症の初期など無症状の疾患がたくさんあります。症状が自覚される頃には既に相当進行していて治療は困難になってしまいます。早期発見が望ましいのですが、そのためには「自覚症状が出てから検査」では駄目なのです。

どんな症状の患者さんに対しても、さまざまな疾患の可能性を念頭に置いて、一通りの基本的なチェックは欠かさないという努力を来る日も来る日も続けることで初めて早期発見が可能になるのです。

例えば、当院で発見された緑内障患者さんのほとんどは緑内障を心配して受診したわけではありません。ほかの症状で受診したときに視神経の観察をすることで疑いを持ち、さらに詳しい検査をすることで診断をつけたのです。その気になって見ていなければわからなかったはずです。

視力検査の目的

屈折検査や視力検査は眼科において最も基本となる検査です。もし視力が十分に出なければ、なぜ出ないのか追求します。散瞳したり眼底写真を撮ったりします。その結果を見て必要なら視野検査や造影検査やレーザー光を利用した特殊検査を計画することになります。

原則的に屈折検査や視力検査は全員に実施することが望ましいと言えます。患者さんが「よく見える」と言っていても視力0.7のこともあれば1.5のこともありますから。それに、片目だけの異常だともう一方の眼がカバーするので視力低下に気づかないことがあります。特に初診時においては是非ともやっておきたいものです。

近視に多い病気、遠視に多い病気があり、屈折検査の結果は重要な情報です。例えば強い近視だとわかれば、網膜剥離の危険性が高いので散瞳して眼底検査しましょうとお勧めできます。

視力の推移は病気の進行を判断する大切な手がかりになります。最初の視力を測っていなければ、途中から見えづらくなった時にいつからどの程度視力が下がったのか客観的なデータがないことになってしまいます。

ものもらい(めんぼ)では直接関係はありません。でもコンタクトを使ってよいかご相談を受けることはよくあります。病気に良いとは言えず、装用しないのが原則です。ただし、高度近視や不同視でコンタクトをしないと生活が困難な方もいらっしゃるので、そういう点を考慮しながらケース・バイ・ケースで判断しています。そういう配慮は屈折検査をしていなければできません。

検査データは後で役立つ

仮に何の病気もなかったとしても、検査は無駄にはなりません。川本眼科では開業以来のカルテはすべて保存していて、10年以上前に1回だけ受診したという患者さんでも必ず前のカルテを出して変化がないかチェックをしています。

例えば、昔より視力が下がっていたら何か原因があるはずだとか、正視の眼が近視になっていたら白内障で水晶体の厚みが増したのではないかとか、参考になる情報が得られます。

炎症による続発性緑内障では普段の眼圧がどの程度だったのか知りたいところですが、昔ほかの病気でかかった時に測った眼圧が貴重なデータになります。

無意味な検査とか、点数稼ぎとかいった非難はいわれのないもので大きな誤解です。

もちろん拒否はできますが

検査は患者さんのためにやるものです。ですから検査したくない方は拒否することができます。ただし、検査をしなければ病気は発見できません。それは自己責任ということになります。

検査を省略したところで医師の診察を順番待ちするよりないわけですから早く帰れるわけではありません。当院は連休前など2時間待ちになることもあります。せっかく眼科を受診したのに無為に時間をつぶすのは馬鹿げています。

屈折検査も視力検査も自己負担は200円ほどです。(3割負担の方の場合)
私はお金には換えられない価値があると思うのですが。

2009.8