川本眼科だより 121ボツリヌス療法 2010年3月31日
本眼科ではボツリヌス療法を始めました。
この治療法の対象になる病気は2つあります。『眼瞼けいれん』と『片側顔面
けいれん』です。
ボトックス(A型ボツリヌス毒素製剤)という薬を目のまわり数ヶ所に注射す
るのですが、薬の取り扱いが麻薬並みに厳格で厄介なため、今までは中京病院
などの大病院に治療を依頼しておりました。しかし繰り返し治療が必要で、遠
い病院に何度も足を運ぶのは患者さんの大きな負担でした。
このほど院長が治療実施に必要な資格を取得し、川本眼科で治療できる体制を
整えたので、これからは患者さんは楽になると思います。
眼瞼痙攣(がんけんけいれん)とは
以前、川本眼科だより102「まぶたがピクピクする」では眼瞼ジストニアという名前でご紹介いたしました。痙攣(けいれん)というとまぶたがピクピク動く状態をイメージしてしまいますが、実は「しかめ面になって目が開けにくくなる」という病気で痙攣らしい痙攣は起きません。目のまわりにある眼輪筋(がんりんきん)という筋肉が勝手に収縮してしまうために起こります。
中高年(40~70歳代)に多く、女性に多い病気です。(男性の2~3倍)
重症になれば診断は容易ですが、実際には軽症が多く、診察室では正常に見えるため、なかなか診断されないことが多いのです。初期に多い訴えは「まぶしい(95%)」「目が乾く(51%)」「まぶたに違和感がある(41%)」などですが、ドライアイの症状とほとんど一致しているので、たいていはドライアイと診断されています。
この病気に特徴的なのは「目をつぶっていたほうが楽」「目を開けていられない」という訴えです。そういう自覚症状がある方は、軽いまばたきを素早く10回連続でしてみて下さい。軽いまばたきをなめらかに続けることができず、途中で遅くなったり目が自然にぎゅっと閉じてしまったりするようなら、眼瞼けいれんの可能性が濃厚です。
治療はボトックスの注射(後述)です。
片側顔面痙攣(へんそくがんめんけいれん)とは
川本眼科だより102では眼瞼スパスムという別名でご紹介いたしました。顔の片側だけ目の周囲から口元にかけての筋肉が勝手にピクピク動き、ひきつったような感じになる病気です。
原因は血管が顔面神経を圧迫するためだと考えられています。
中高年(40~70歳代)に多く、女性に多いのは眼瞼けいれんと同じです。
治療は手術かボトックスの注射(後述)です。
手術は『神経血管減圧手術』といい、脳外科に依頼します。8割で根治、1割で改善という成績は魅力的ですが、ある程度の手術リスクは避けられず、術後難聴やしわがれ声になる危険(多くは一時的)や感染の危険などがあります。
現在は、ボツリヌス療法(ボトックス注射)をまず試みて、効果が不十分な場合に手術を選択するのが一般的です。
ボトックス(A型ボツリヌス毒素)
ボトックス(A型ボツリヌス毒素製剤)は筋肉を弛緩させる薬です。普通、神経から筋肉へ「筋肉を収縮させろ」という指令を伝達しているのですが、ボトックスはこの指令伝達を邪魔します。
勝手に筋肉が動いてしまって困る病気なら、この薬で筋肉の動きを止めてやれば症状が改善します。逆に、必要な筋肉の動きを止めてしまうと困ります。これが副作用になります。
効果には個人差がある
ボトックスは注射量が適切なら眼瞼けいれんの9割、片側顔面けいれんの8割に効きます。ただ適切な量は人によって違います。初回は少なめに用い、効果が不十分なら増量していきます。
残念ながら限界まで増量しても効かないこともあります。また、中和抗体というものが産生されて途中から効果が弱まる場合があります。抗体産生を避けるため、なるべく注射の間隔をあけることが推奨されています。
量の加減が難しい
ボトックスの注射量が少なすぎると十分な治療効果が得られません。ところが、注射量が多すぎると不必要な筋肉が麻痺してしまい、副作用が出てしまいます。
副作用としてはまぶたが閉じにくくなって、涙がこぼれるようになったり、角膜表面にキズができ、ゴロゴロしたり目がかすんだりします。また、眼瞼下垂(がんけんかすい)といって上まぶたが下がってしまうこともあります。まぶたを持ち上げる筋肉が麻痺してしまったのです。
副作用は注射部位を注意深く選び、なるべく薬が不必要な部位に広がらないように注意することである程度防げます。ただ、高齢者だと皮膚がたるんでいるので注射液が予定外の部位まで広がりやすいのです。また、患者さんが目をこするだけでも薬は広がってしまうので、注射当日はなるべく目をこすらないようにします。
添付文書には副作用が列挙してあります。幸い重篤な副作用はきわめてまれで、眼科で普通に使う量ではまず心配する必要はなさそうです。
ボトックスの効果は3~4ヶ月
ボトックスの効果は3~4ヶ月です。時間が経つと神経が再生し、神経から筋肉への指令伝達機能が回復するのです。
従って、効果が切れたらまた注射しなければなりません。何度も注射を受けるのは大変ですが仕方ありません。何年も注射を受け続けている方も大勢いらっしゃいます。
ただ、効果が切れるのは悪いことばかりではありません。副作用が出ても時間が経てば必ず治るということでもあります。そういう意味では手術と違って気楽に受けることができますね。
費用は
ボトックスは大変高い薬です。ボツリヌス療法の費用は1割負担で約6千円です。2割負担なら1万2千円、3割負担なら1万8千円ということになります。実は2008年まではこの約2倍の費用がかかっていました。
今でも決して安いとは言えませんが、以前の負担額でも何度も受けている方が多いのは、それだけの価値を患者さんが認めていることの証明でもあります。
厳重すぎる管理
ボツリヌス毒素はオウム真理教が生物兵器として悪用しようとしたため、厳重な管理がされることになりました。医師であっても使用にあたり講習を受けて資格を取得することが義務づけられ、麻薬並みの管理と納入・失活・廃棄の記録が要求されています。医療用の製剤では量が少なすぎてとうてい悪用できるはずはないのですが。
在庫を持つこともできないので、治療予定を立ててから発注します。診断したその日に治療することはできないのです。返品したり、他人に流用することもできません。1本の注射薬を分けて2人に使うことも禁止されています。余っても必ず廃棄処分にしなければなりません。
ですから、体調悪化や事故などやむを得ない事情で使用しない場合でも、発注後は薬品の代金を請求させていただきます。ご了解ください。
2010.3