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川本眼科だより

川本眼科だより 127家族だけに説明 2010年9月30日

医療では十分な説明をして納得していただくことがとても大切です。当然ですね。この手続きをインフォームド・コンセントと言います。
 
当然、普通は本人に説明します。しかし、時に本人に説明するのが困難なことがあります。あるいは、診療に支障が出るため本人には説明できない場合があります。そういう時は家族に説明をして了承を得ます。
 
今回は「本人には黙って家族にだけ説明する」という事例を取り上げてどんな問題点があるのか考えてみたいと思います。

子供や認知症

子供の診療では、普通付き添いの方に説明して同意を得ます。たいていは父親か母親ですが、祖父母や兄弟のこともありますし、児童養護施設の職員の場合もあります。学校の先生の付き添いでも先生に説明して治療します。やかましいことを言えば親権者の同意が必要なのでしょうが、通常問題になることはまずありません。
 
ただし、子供は大人が同席すると自分の考えをほとんど言わないので注意が必要です。子供は親の付属物ではなく独立した人格です。思春期以降は大人と同じ気持ちで接する必要があります。
 
認知症の方の診療だと、本人と付き添いの方で意向が異なる場合があります。認知症の程度にもよるので、ケース・バイ・ケースで対応するしかありません。原則として認知症といえども本人の意向は尊重されるべきですが、判断能力が大きく低下してしまっている場合は家族と相談して決めることは許されるでしょう。

意識がない場合

意識がない時の治療も本人に同意を得ることはできません。家族に同意を得て診療します。妻や夫や親や子供なら本人の代理人としての資格は十分と考えられますが、同居していたわけでもない遠縁の親族となると代理人として適格か相当に疑わしいと言わざるを得ません。
 
事故や救急で意識がない時は、家族の同意すら取り付けられないことが多くなります。ただ、たいていは命に関わる緊急時で他に選択の余地がない場合が大半ですから、問題になることは少ないでしょう。それでも、宗教上の理由で輸血を拒否している信者が医師を訴えた事例があります。
 
子供、認知症、意識がない時、その他どんな場合でも、本人の利益になる方向で話を進めている限り問題になることは少ないのですが、それでもトラブルが皆無とは言えません。

がんを告知しない時代

がんは告知しないのが昔は常識でした。私が研修医の頃はみんなそうしていました。胃がんでも胃潰瘍と説明し、卵巣がんでも卵巣のう腫と説明するのです。そして家族にだけ本当のことを話します。要するに医師が患者に堂々と嘘をついていたわけです。
 
その頃は、がんは死に至る病だから知らないほうが患者は幸せだと信じられていました。まことしやかに「がんを告知すると、患者は絶望して精神に変調をきたし、自殺に走る」などと言われていました。今日ではがんを告知するのが一般的になりましたが、自殺者が激増したという話は聞きません。都市伝説の類だったのでしょう。
 
実は告知をしなかった頃でも、大半のがん患者は自分ががんだと気づいていました。治療の仕方でわかってしまうのです。抗癌剤を点滴すれば激しい吐き気に襲われ、白血球の数が激減し、髪の毛が抜けます。医師や家族がどう言い繕ってみても点滴が抗癌剤であることは明白なのでした。放射線照射だって、がん以外の病気では絶対にしない治療です。
 
遅かれ早かれ患者は医師が嘘をついていることに気づきます。これは患者-医師間の信頼関係を著しく損ないます。病名で嘘をついてしまったら、その後の説明は治療法でも検査結果でもほとんどすべて嘘をつくほかありません。話のつじつまを合わせることは難しく、ぼろを出さないように詳しい説明は避けるのです。結局、患者はまともな説明も受けられず、治療の決定権も奪われてしまうことになります。もう、無茶苦茶です。
 
当時は、嘘に気づいた患者が医師や看護師を問い詰めることもよくありました。実は、逆に嘘を信じている演技をする患者も多かったのです。嘘を自分のための善意ととらえ、周囲の期待に添うよう振る舞ったのです。その結果、患者は病気とは別のストレスを抱えることになりました。本当に罪作りな習慣だったと思います。
 
今日ではがんでも告知するのがあたりまえになりました。そりゃそうです。病名を告げなければ絶対にインフォームド・コンセントはできないのですから。
 
がんの告知問題は、医師が患者に本当のことを正直に話すことの大切さを教えてくれました。

心因性視力障害

心因性視力障害は子供が精神的なストレスから視力が出ないという病気です。従来私はこの病気を疑った時には本人に席を外してもらい、親御さんにだけ説明していました。検査でトリックを使うのでネタバレになると次回の検査がしにくくなるし、家族も家庭の状況など本人を目の前にしては話しにくいこともあるだろうという配慮です。
 
ただ、子供でも、自分のことなのに自分だけ除け者にされてこそこそ大人だけで話をするのは嫌なものです。ストレスが原因の病気なのに通院がストレスになってしまってはいけません。
 
最近では親子がそろって説明を聞く形にしていて、このほうが本人の理解も深まるし、病気への対策が立てやすいと感じています。やっぱり、正直に話したほうが結果が良いのです。

本人に何でも話す

家族だけに説明して治療することが必要な場合はもちろんあります。本人との意思疎通が完全に不可能ならしかたありません。
 
ただ、やはりあくまでも例外的なことと心得るべきです。原則は当然ながら本人に説明して治療の同意を得ることです。たとえ相手が子供でも老人でも認知症でも、本人が分かる範囲でできるだけ説明する努力を怠ってはならないのです。
 
本人の理解力に問題がある場合は、本人にはわかる範囲で話し、理解力が十分ある家族には詳しく説明するのが理想です。現実が理想通りにいかないのはいつものことですが。

2010.9