川本眼科だより 151強度近視の合併症 2012年8月31日
先月号の川本眼科だよりで「アトロピンで近視の進行を抑制する方法」をご紹介いたしました。治療法の紹介をするだけで紙面が尽きてしまいましたが、本当は「なぜ強度近視になると良くないのか」がわからないと、近視抑制のために何年も目薬をさしつづける必要性が理解できないのではないでしょうか?
そこで、今回は強度近視になるとどんな眼の病気が起こりやすくなるのかご説明いたします。既に強度近視になってしまっている方は、これを読んで定期的な眼科受診を心がけていただきたいですし、近視進行抑制の治療を受けようとする方は、治療継続の意欲を高めていただきたいと思います。
近視の進行≒眼軸長が伸びる
眼軸長(がんじくちょう)とは角膜から網膜までの距離のことです。眼球の奥行きを意味します。
(株)明治のホームページより
今日では子供の頃に近視が進行するのは眼軸長が伸びるからだということがわかっています。ピントを合わせる筋肉(毛様体筋)が緊張しすぎるせいではないかという説も以前は有力視されていて、長年にわたって論争が続きました。近年、眼軸長をレーザー光線で正確に測定できるようになった結果、この論争は眼軸長説が正しいということでほぼ決着しています。
人間には眼軸長を伸ばす仕組みが備わっています。生まれたときはたいてい遠視で、ピントがきちんと網膜上に合うように適正にこの仕組みが働くと正視になります。この仕組みが何らかの原因で過剰に働き過ぎると近視になります。
一方、眼軸長を短くする仕組みは存在しません。ですから、いったん眼軸長が伸びて近視になってしまったら、元に戻ることはありません。(毛様体筋の過緊張が近視の主因なら直る可能性があるはずなのですが、その理論に基づいて長年治療してきたのに、ちっとも近視は減っていません。)
前回ご紹介したアトロピンは、近視を治すことはできません。ただ、進行を抑え、強度近視になるのを防ぐことが期待されます。
強度近視は危険
強度近視は眼軸長が極端に伸びた状態です。最近、OCTという検査機器の解像度が非常に高くなり、近視による合併症の状態が詳しく調べられるようになりました。あらためて近視が様々な病気を引き起こす危険性が認識されています。
網膜剥離は圧倒的に近視の人に多いことが知られています。眼軸長が長いと網膜も引き延ばされて周辺部が薄くなり、網膜に穴が開きやすくなります。この穴から網膜剥離が起こるのです。
後部ぶどう腫は強度近視の眼球後方が薄くなって外側に突出している状態です。昔から知られていましたが、最新の3D-MRIを使うと今までは眼科医も見ることができなかった鮮明な立体像が観察できます。網脈絡膜萎縮と呼ばれる網膜の変性・萎縮を伴うことも多く、視力の大幅な低下を招くこともあります。そういう状態になった強度近視は変性近視などと呼ばれます。
強度近視による形状変化は血流を悪くしますし、変な方向に力が働いてさらにいろいろな病気を引き起こすと考えられます。
黄斑円孔・中心窩分離症は眼球壁の変形に網膜が付いていけなくなった状態だと考えられます。手術しても元々の眼球がいびつな形をしているので治りづらくなかなか良い視力は得られません。
脈絡膜新生血管は薄くなった眼球壁の一部に断裂が生じ、そこに異常な血管が形成されるのだと言われています。幸い、抗VEGF剤の硝子体注射が効きますが、お金も時間もかかります。
緑内障になるリスクも近視の人は高く、視神経の構造が脆弱なせいだと言われています。近視眼では緑内障診断が難しく、また近視性緑内障にはまだ十分わかっていない点があり、視野に異常が見られなくても加齢に伴って視野障害が徐々に進行する可能性を念頭に置く必要があります。
強度近視の人は定期検診を
強度近視に関係する病気はたくさんあります。加齢とともに多くなると考えていいでしょう。ですから、強度近視の方は自分がハイリスクだと自覚し、病気を発見するために定期的に眼科で診察を受けることをお勧めいたします。
診察の間隔ははっきり決まっている訳ではありませんし、仕事で多忙な方は診察に時間を割くのも難しいかも知れませんが、年に1回くらいは受診したほうがよいでしょう。網膜が薄いとか変性が見られるとか緑内障の心配があるとか問題がある場合はもっと短く、6ヶ月とか3ヶ月とか早めにチェックを受けて下さい。もちろん何年経っても何も起こらないことは十分あり得ますが、もし何か起きていたら早めに手当てしたほうが望ましいわけです。
強度近視にならない方法
強度近視になる前に予防できればそれに越したことはありません。
薬物なら、低濃度アトロピン点眼が現時点では一番効果がありそうです。ただ、本当に強度近視が減るかどうかは、この治療法が普及した後何年か経って統計を取らなければ結論が出ません。
携帯ゲームや携帯電話のように、20cmくらいの距離を長時間見続けることは避けましょう。読書の際もできるだけ30cm離しましょう。近距離では5cmの差が大きいのです。
意外な方法として「戸外で活動をする」に近視予防効果があるそうです。きちんとした科学的研究で有意差が認められています。強い光を浴びることで脳の松果体からメラトニンが分泌されます。メラトニンは体内時計・睡眠・免疫などに働くことが知られていますが、眼軸長を伸ばす仕組みの発現を抑制する作用があると推定されています。家に引きこもってばかりいないで、外でスポーツでもしなさい、ということですね。
(2012.8)