川本眼科だより 154患者さんの協力 2012年11月30日
医療行為をするとき、患者さんの協力はきわめて重要です。眼科でしばしば遭遇する例をお示しして、眼科医の側ではどんな風に患者さんに協力していただきたいのか、ご説明いたします。
ポイントは「両目を開けること」と「力を抜き、リラックスすること」です。片目をつぶると目が動きにくくなります。緊張しすぎると目の動きをコントロールできなくなってしまいます。
2歳児の診察は大変
眼科の診察では「目を大きく開けておく」は基本です。目を閉じられたらどんな名医でも診断をつけることはできません。
一番問題になるのは子供です。その中でも一番診察しにくいのは2歳児です。乳児期なら警戒心もないので痛いことさえしなければ大丈夫で、泣きもせず短時間で診察終了ということもしばしばです。一方、3歳になれば聞き分けができるようになるので「うまくできればご褒美をあげるよ」などとなだめすかして上手に誘導すれば結構診察に協力してもらえます。
ところが2歳児は人見知りをしますし、ご褒美による取引も成功しないことが多く、困ってしまいます。(以上は相当に単純化した一般論で、実際には個人差がすごくあります)
やむを得ず、抵抗できないようにバスタオルでぐるぐる巻きにして力ずくで診察するのですが、患児が必死でぎゅっと目をつぶると、まぶたを開けることもままならないですし、かろうじてまぶたは開いても眼球が上転してしまって肝腎の場所がよく見えなかったりします。
力を抜けば痛くない
ぎゅっとつぶった目を力ずくでこじ開けられれば、そりゃあ痛いです。当然です。私もそんな暴力的なことはなるべくしたくありません。それでも、どうしても必要と判断すれば、開瞼器という器具を使って強制的に目を開かせることもあります・・嫌な商売だなあ・・
一度力ずくでやってしまうと、次も絶対に協力してくれないので、毎回暴力的な診察をすることになりかねません。それが嫌なので、できるだけ無理はしないようにしています。ただ、しっかり所見をとらないと見落としの危険も高くなるのが難しいところです。
自分で目を大きく見開いていただければ、医師の側も力を入れる必要がありません。当然、患者さんも痛くありません。
大人の場合でも、角膜にキズがあって触られるだけで痛い場合とか、極度に緊張している場合とか、認知症・知的障害・高度難聴などで意思疎通が困難な場合などでは、目をギュッとつぶって開けていただけないことがあります。
大人は2歳児と違って力ずくでというわけにはいかないので、もっと困ります。点眼麻酔薬で痛みをとり、あとは診察の重要性を納得していただくしかありません。しかし、いったんパニック状態になってしまうと「力を抜いたほうが痛くないですよ」といくら説明しても、なかなか医師の言うことを聞いてくれません。
まぶたをひっくり返すとき
上まぶたの裏に異物があるかも知れないと疑ったり、アレルギーの可能性を考えたりしたときはまぶたをひっくり返す必要があります。
患者さんの協力があれば簡単です。両目を開け、なるべく下を向いて、まぶたの力を抜きます。その状態で医師が人差し指でまぶたの縁を押し込みながら親指でめくれば、容易にひっくり返ります。力が抜けていれば痛くもありません。
ところが、患者さんが緊張しすぎていると難しくなります。ぎゅっと目をつぶってしまい、頑強に抵抗します。これをこじ開けるのは困難です。無理やり力づくでやれば痛いのは当然です。
大人だと、何とかある程度の協力を得られることが多いですが、6歳以下の小児では難しく、あまり無理をすると医者嫌いを作ることになりかねないので、無理はしないことにしています。
眼球への注射や手術でも
薬を眼球に直接注射する方法(硝子体注射)は昔からありましたが、最近抗VEGF薬(ルセンティス、アバスチンなど)が、加齢黄斑変性症をはじめ各種の眼疾患に使われるようになって、この注射法を用いることが爆発的に増えました。
注射自体はほとんど痛くありません。ただ、患者さんはどうしても緊張します。安全に注射できる部位は狭いので、患者さんの協力が必要です。医師の指示する方向を見たまま30秒くらい目を動かさないようにします。
ところが、緊張しすぎると思い通りに目を動かすことができなくなってしまいます。緊張するとまばたきが増えますし、刺激に敏感になって過敏になり、ぎゅっと目をつぶります。すると眼球も上転したり不安定に揺れ動くことになります。
手術でも同じです。理想的には正面を向いて動かさないのがよいのですが、多くの患者さんが緊張しすぎて眼球が上転してしまい、その上不安定にキョロキョロ動いてしまいます。
どうしても目が動いて不安定な場合、術者はやむを得ず、鑷子(ピンセット)で眼球の一部をつかんで動きを止めたり引っ張ったりします。これは少々痛いです。
できれば、緊張せず、術者の指示に従って目を動かしてほしいのです。それができれば痛くありません。大事なことはリラックスすることなのですが、そうはいっても、人間、そういう状況で緊張するなと言うほうが無理なのかも知れません。
両目とも開けておく
眼科医が右目を診察しようとすると、多くの人が左目を閉じようとします。1つには「見てもらうのが右目なら左目は必要ない」という意識が働くのだと想像します。もう1つは、光を当てられてまぶしいため、自然と目を閉じたくなってしまうせいだと思います。
実は、片目を閉じるのは間違いです。片目を閉じると反対側の目の動きは悪くなります。しかも、目線が定まらず、キョロキョロと細かく動きやすくなります。
もともと、人間の目は、閉じると上転します。つまり、上の方を向きます。大事な目を守るために退避させているのだと言われています。片目を閉じたときには、閉じたほうの目は上転します。それだけでなく、反対側の目もつられて上転します。意志の力で前を向くことはできるのですが、不安定になってキョロキョロしてしまうのです。
両目とも開けておき、両目で同じ方向を向くようにするのが、楽に大きく目を動かすコツです。眼科の検査・診察・処置・手術のあらゆる場面で、両目を開けておくことを推奨します。
(2012.11)