川本眼科だより 196クラウドの便利と不便 2016年5月31日
「クラウド・コンピューティング」とは、プログラムやデータを、自分のパソコンやスマートホンではなく、インターネット上に置いて利用する方式のことです。
生活のすべてで、近年クラウド化は急速に進行しています。もちろん、医学の世界も例外ではありません。自分では意識していなくても、多くの人がいつの間にかクラウド方式のお世話になっているのではないでしょうか?
クラウド方式はとても便利です。好きな時間に好きな場所でメールしたり執筆したり仕事したり今まで不可能だったことを可能にしてくれます。
しかしながら、万一インターネットに接続できなくなったときには必要なプログラムやデータを使うことができません。とんでもなく困った事態を引き起こす恐れもあるのです。
メールのクラウド化
私はもともとEメールをすべてパソコンに保存していました。電話と違ってメールはパソコンに記録を残すことができる利点があり、業務上の大事な連絡には最適でした。
しかし、メールが1台のパソコンに保存してあるということは、そのパソコンがない限りメールの中身を見ることができないということです。ですから私の場合、数年前まで外出時や旅行中にはメールをチェックできませんでした。
その後、2回にわたりハードディスクのクラッシュを経験して、十数年分のメールをすべて失う危険に直面しました。幸い専門の業者に依頼してメールを救出することに成功しましたが、時間もお金もかかりました。
2回目のクラッシュの後、私はグーグル社が提供するGメールを使うことにしました。Gメールではメールの保存先はもはやパソコンではありません。インターネット上のどこかにあるサーバーです。つまりクラウド化したのです。これならパソコンがクラッシュしてももうメールを失う心配はありません。
しかも、インターネットに接続しさえすれば、別のパソコンでも、スマホでも、メールをチェックすることができます。なるほどクラウドのほうがはるかに便利です。
データのクラウド化
データのクラウド化の例として、ワープロで文書を作る場合を考えてみましょう。仕事場で途中まで書いてファイルをハードディスクに保存した場合、続きはそのパソコンがなければできません。
データをインターネット上のサーバーに保存すれば、続きを自宅ですることもできますし、旅先ですることもできます。これがクラウド化です。
文書ファイルをUSBメモリやSDカードなどで保存しても外出先で文書作成の続きは可能です。ただ、USBメモリの文書ををスマホやiPadのようなタブレットで使うには特殊な工夫が必要です。クラウド化しておいたほうが簡単で、思い立った時すぐにできます。
さらにUSBメモリやノートパソコンには盗難の危険もあります。極秘文書が盗まれたら一大事です。普通の人はそれほど重要な極秘文書を扱うことはないでしょうが、でも個人情報を含む文書ならありふれています。学校の先生が児童の名簿が入ったUSBメモリを置き忘れた程度の話ならいくらでもあります。
クラウド方式なら、USBメモリを紛失したり盗まれたりするリスクはなくせます。ただ今度は、安易なパスワードを破られて情報が流出するリスク、暗号化していない無線通信を傍受されて情報が流出するリスクが生ずるので、インターネットのセキュリティ対策が重要になってきます。
ソフトやアプリのクラウド化
ソフトやアプリをインターネット上に置く方式も普及してきています。
例えば、私はスマホで簡単な翻訳アプリを使っています。もちろん限界はありますが、翻訳精度も一昔前と比べてみれば飛躍的に向上しています。私は英語が得意ではないので、こういうアプリがあると、そのまま使えるわけではないにせよ英文を書く必要に迫られた時には大変参考になります。
翻訳には複雑なソフトが必要ですし、高機能なCPUも必要です。スマホだけではとうてい無理です。でも、翻訳したい和文を外部に送ることはできます。外部に翻訳用の大型コンピュータがあれば、短時間で翻訳して、結果の英文をスマホに送り返してくれます。あたかもスマホが翻訳してくれているように見えます。
このように、安価で低機能な機器でも、ネットに接続してデータのやり取りだけすることができれば、データ処理を外部の高機能なコンピュータにお任せすることで、高性能パソコンに変身できるのです。
ネット接続が条件
注意しなければならないのは、クラウド方式では、インターネットに接続していなければ何もできないということです。
Eメールはもともとネット接続が前提になっているのでさほどの不利益はありません。
でもデータはどうでしょう。クラウド方式ではネットに接続できなければ文書作成ができません。USBメモリだったら、別にネットに接続していなくたってワープロで作業できます。
クラウド方式のソフトを使って明日の学会発表のために準備していたら、電波事情が悪くなってソフトが使えなくなる事態も考えられます。それで発表できなかったら笑い事では済みません。
災害や事故やテロにもクラウド方式は脆弱です。大地震や津波の後では、何日もネット接続できなくなることだって予想されます。
そもそも携帯電話会社が提供する無線インフラでは、利用者が一時に集中した場合には回線容量が不足してしまい、通信不能に陥ると言われています。設備が無事でも接続できなくなるのです。
そして、災害時の利用集中にも耐えられるほど回線に余裕を持たせることは、経済性の問題から現時点では困難のようです。
そんなわけで、私はメール以外はまだクラウド方式の採用に慎重です。いざという時に使えなくても困らない範囲に限定しています。
将来、インターネット環境が飛躍的に整備され、無線通信の回線容量が現在の百倍以上になったら、その時にはまた検討したいと思います。
(2016.5)