川本眼科だより 209糖尿病網膜症(とうにょうびょうもうまくしょう) 2017年6月30日
糖尿病網膜症は失明もありうる怖い病気です。糖尿病の合併症ですから、本来なら糖尿病自体をきちんとコントロールすれば失明を防ぐことができるはずです。ところが、実際には大幅に視力が低下してしまう方が跡を絶ちません。
なぜ、そんなことになってしまうのか、糖尿病による失明を防ぐにはどうすればよいのか、考えていきましょう。
糖尿病は合併症が怖い
糖尿病になると血糖(血液中の糖)が高くなります。高血糖が続くと血管が傷みます。太い血管も細い血管も障害されて合併症を起こします。
太い血管が傷むと、脳梗塞や心筋梗塞を起こします。命に関わりますね。これらの病気は血圧が大きく影響するので、糖尿病の方は血圧の管理も大事です。
細い血管が傷むと、糖尿病網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性神経症を起こします。この3つを糖尿病の三大合併症と呼んでいます。
糖尿病の怖さは、このように多彩な合併症を引き起こすことにあります。最悪の場合、目もよく見えなくなり、腎臓も悪くして週3回透析に通い、壊疽を起こして足の指を切断せざるを得ない、という悲惨な事態もありうるのです。
糖尿病網膜症は働き盛りに失明
糖尿病網膜症は長らく失明原因のトップでした。2006年にトップの座を緑内障に譲り、今は緑内障、網膜色素変性症に次いで3位です。糖尿病患者数は増え続けているだけに、糖尿病網膜症での失明を防ぐ努力が報いられたと言えるでしょう。
しかし、トップの座を譲ったからと言って喜んではいられません。緑内障や網膜色素変性症での失明は70歳以上が多いのに対し、糖尿病網膜症での失明は50~60歳代に多く、働き盛りの時期に起こる点で深刻です。つまり、一家の生計を担っているような人たちに、失明の悲劇が訪れることになるのです。
糖尿病網膜症の失明率は下がったといえ、失明しないまでも大幅に視力が低下してしまう人は多く、運転も仕事も生活も困難になって大変です。今でも、最も怖い眼病の1つと言えます。
なぜ悪化させてしまうのか
糖尿病の患者さんは、診断された直後にはそれなりに危機感をもって努力されます。通院も真面目にします。
しかし、そのうち危機感が薄れ、食事療法も甘くなってしまい、受診もきちんとしなくなることが多いのです。そうなりやすい原因は、糖尿病の初期にはほとんど自覚症状がないことにあります。血糖コントロールが不良でも、「医者は脅かすけど、何ヶ月経っても別に何事も起こらないじゃないか」と糖尿病を軽視してしまうのです。
仕事が多忙だと、受診の時間がなかなか取れないですし、一方で接待だとか酒の付き合いだとかも多いために食事制限が守れません。医者にかかれば怒られるのは目に見えているし、何かと理由をつけて受診しなくなりがちになり、そうなるとますます敷居が高くなって、全然通院しなくなる・・そういう風にして糖尿病が悪化させてしまった患者さんをたくさん見てきました。
そのため、私は長期間受診しなかった患者さんを責めることはなるべく避けるようにしています。”今まで”よりも”これから”が大事ですから。
もっとも、一言釘をさしておかないと同じ失敗を繰り返してしまいます。患者さんが自主的に受診しようという気持ちになるように、受診が必要な理由をお話しするのですが、素直に納得していただけるとは限りません。難しいです。
眼科を受診しない糖尿病患者
糖尿病網膜症は眼科の管轄です。それ以外の合併症は内科の管轄です。ですから、糖尿病の患者さんは内科も眼科も両方に通う必要があります。
ところが、内科にはきちんと通っている人でも、眼科にはきちんと受診していただけません。数年前に眼科受診したきりご無沙汰ということが多いです。一度「今網膜症は発症していない」と言われると安心してしまって、それきり次の受診をしないのです。これはまずいです。
糖尿病網膜症は、高血糖が数年続いてから遅れて発症します。ですから、ある時点で大丈夫でも、半年後に発症している可能性は十分あります。
「目の症状は何もないから大丈夫と思った」という話もよく聞きます。糖尿病網膜症の自覚症状は初期にはほとんどなく、相当進行して黄斑部に障害が及んでからやっと自覚します。自覚症状が出てからでは遅いのです。
内科医は診断時に一度は眼科受診を勧めて下さるのですが、残念ながら継続的に繰り返し眼科受診を促して下さる先生はめったにいません。定期的に眼科受診しているはずと考えてしまうからです。患者としては「自分の目は自分で守る」という意識を持って、内科医の勧めを待たずに、定期的に眼科を受診する必要があります。
糖尿病はまず内科的治療
糖尿病網膜症の原因は糖尿病ですから、まずは糖尿病のコントロールが大事です。血糖が高いまま目の治療だけしても、あまり良好な結果は望めません。
ただ、ある程度網膜症が進行してしまいますと、糖尿病のコントロールをいくら頑張っても、しばらくは網膜症が悪化し続けることがあります。それどころか、長期間高血糖が続いた後に急激に血糖を下げると、網膜症が一時的に悪化することさえあります。そうなる前に、できれば網膜症が全くない時期に、糖尿病コントロールを頑張っていただきたいところです。
治療は網膜光凝固と硝子体注射
糖尿病網膜症は単純型→増殖型へと進行していきます。悪化すると網膜光凝固(レーザー治療)が必要です。光凝固は決して「視力が回復する」という治療ではなく、「もっと進行して失明するのを防ぐ」という治療です。光凝固には適切な治療時期があり、時期を失しないことが大切です。
網膜症が進行すると「糖尿病黄斑浮腫」が出現します。厄介な合併症で、糖尿病で視力が低下する最大の原因です。治療は抗VFGF抗体またはステロイドの硝子体注射(眼球への直接注射)です。
※川本眼科だより131で説明しました。
抗VEGF抗体(アイリーア、ルセンティス)の硝子体注射は網膜静脈閉塞症や加齢黄斑変性症によく使われますが、残念ながら糖尿病網膜症には効きが悪い印象です。1回だけでは効かなくても、何回も注射を繰り返すことである程度の治療効果は得られます。問題は薬液の価格が高いことで、3割負担だと大変です。
ステロイド(マキュエイド)の硝子体注射も有力な治療法です。抗VEGF抗体が効かない場合でも有効なことがあります。しかも格段に安価です。ただ、眼圧上昇と白内障進行という副作用があるので、使用にあたって十分注意する必要があります。