川本眼科だより 212白内障手術と年齢 2017年9月30日
白内障手術は、100歳を超えた方でも十分可能です。しかし、可能であっても、実際に手術するかどうかは別問題で、そこまで高齢になると身体的・社会的な制約から手術が困難になります。
最近、私は80歳を超えたら、たとえ視力がそれほど悪くなくても早めに白内障手術を受けたほうがよいのではないかと考えるようになりました。
今回は、手術と年齢の問題について考えていきます。
80歳、90歳の平均余命
よく「もう歳だから、お迎えが近いから、手術なんて受けたくない」という声を聞きます。しかしながら、実は80歳の方の平均余命は男性9年、女性12年もあります。90歳でも、平均余命は5~6年あるのです。
それだけの年月を、白内障で見えづらい状態のまま我慢して過ごすか、それとも手術を受けてよく見えるようになって人生を楽しむか、冷静に客観的に判断すれば、手術したほうがよいに決まっています。
しかも、白内障は年齢とともに進むので、白内障が原因で見えづらくなり始めた人が、一生手術をしないで済ますことは相当に困難なことです。
いつか手術は受けるものと考え、それならいつ手術するのかを考えたほうがよいでしょう。
手術を待つことは可能だが
白内障手術は「濁った水晶体を取り除いて、透明な人工のレンズに入れ替える」というものです。取り替えるわけですから、手術時期が早くても遅くても結果はさほど変わりません。
つまり、患者さんのご希望次第で、まだ程度が軽いうちに手術しても問題ないですし、逆に相当に進行しても手術は可能です。時期を選ぶことができるのです。
そんなわけで、私は従来、「白内障手術は急がなくても、生活に支障が出てやりたくなってからやればよい」と説明してきました。
しかし、大勢の患者さんやご家族と接し、様々なケースと遭遇するうち、手術をもっと早くしていたらこんなに苦労しないですんだのではないかと反省した経験を何度もしました。
最近は「80歳を過ぎたら、それほど不便を感じていなくても早めに手術を受けたほうがよい」と考えるようになりました。
80歳を過ぎたら早めに手術
なぜ早めの手術が勧められるのでしょうか?
第1の理由は、高齢になると手術が難しくなり、トラブルが発生しやすくなるからです。高齢になると、瞳孔が開きにくくなりますし、水晶体は固くなりますし、水晶体を支える線維も弱くなって断裂しやすくなります。
どうせいつか手術するなら、条件がよいうちに済ませたほうが、手術合併症を起こしにくいので望ましいと考えられます。
第2の理由は、高齢になると、身体の不調も増えて、眼だけでなく全身状態を心配しなければならなくなるからです。もちろん、かなり大変な病気をかかえていても、たいてい白内障手術は可能です。今までも、パーキンソン病で体の震えが止まらない方、呼吸器疾患で酸素ボンベが手放せない方、麻痺や拘縮や痛みで体を自由に動かせない方、がんで抗癌剤治療中の方などに手術をしてきました。結果的にきちんと手術はできたのですが、もっと早いうちに白内障手術をしていれば、リスクを抱えて苦労する必要はなかったわけです。
どうせいつか手術するなら、手術に影響するような病気を発症する前に手術してしまったほうが、何かと楽だと思います。
第3の理由は、高齢になると通院が大変になるからです。60歳代くらいだと、白内障手術のために通院することもさほど苦になりません。でも、80歳代になると、足腰が弱ったり、膝や腰を痛めたり、脳梗塞で麻痺をきたしたりする方は激増します。そうすると、杖をつかなければならないとか、車いすが必要になるとか、とにかく通院の困難さはぐっと増します。
1人で通院できなくなり、家族が連れてこなければならなくなると、手術のハードルは一気に高くなります。家族も仕事を抱えていたり忙しいことが多く、手術当日くらいなら付き添えても、通院のたびに毎回というわけにはいかないのが普通です。それが原因で手術に踏み切れないという方も大勢見てきました。
どうせいつか手術するなら、通院が1人でできるうちに手術したほうがよいと思います。
第4の理由は、高齢になると理解力・判断力が低下し、きちんとしたインフォームドコンセントができなくなってしまうからです。
認知症の人の割合は80-84歳で15%、85歳以上で27%という統計があります。認知症でも白内障手術は受けられますが、詳しい説明を聞いてもよく理解できない方も増えます。やむを得ず、家族にだけ詳しい説明をして、本人には「見えづらいのは白内障のせいだから、手術をすればよく見えるよ」くらいのまことにおおざっぱな話だけで済ますこともあります。決して望ましいことではないのですが、やむを得ません。
どうせいつか手術するなら、理解力・判断力が衰えないうちに、きちんと詳細な説明を受けて、疑問点は質問して、しっかり納得した上で手術したほうがよいに決まっています。
第5の理由は、高齢になると、目薬をきちんとさしたり、様々な注意事項を守ったりすることが難しくなるからです。指示通り点眼しているはずだったのに、1つ1つ細かく確認してみるととんでもない間違いや思い込みを発見することは日常茶飯事です。これは手術の安全性を脅かす重大事項です。
加齢変化は個人差が大きい
わかりやすいように「80歳」と申し上げましたが、加齢変化は個人差が大きいので、年齢にこだわりすぎないことが大切です。
足が悪く通院困難になるとか、認知症になるとかいった問題点は、60歳代でも、70歳代でも起こりうることです。既に加齢に伴う衰えや病気の兆候を感じているなら、早めに手術に踏み切ったほうが良いでしょう。
早めに手術するデメリットは
それでは早く手術することによる不利益は何かないのでしょうか?
手術そのものの危険性は確かにゼロではありません。でも、非常に低いので通常は心配する必要はないでしょう。リスクがゼロではないとは言っても、それはいつか取らざるを得ないリスクだと思います。
早く手術しても、眼内レンズは一生もちます。途中で取り替えるようなことは普通ありません。、交通事故とか、重篤な眼感染症とか、きわめてまれなケースはありますが、通常は無視できるくらいに確率は低いと考えてかまいません。
40歳代、50歳代で白内障手術する場合は、急に老眼が進んだ状態になる不利益がありますが、60歳を超えたら気にする必要はありません。
このように、早く手術することにメリットこそあれ、デメリットはほとんどないと考えて良いと思います。
(2017.9)