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川本眼科だより

川本眼科だより 219運転と視野 2018年4月28日

緑内障や網膜色素変性症などでは、病気が進行するにつれて視野が欠けていきます。

視野が欠けると車の運転に影響が出ます。では、視野が欠けたら運転免許を取り上げるべきなのでしょうか?

事はそんなに単純ではないようです。それぞれの人に事情があり、運転できなければ生活が成り立たない人たちも多いのです。

今回はこの問題についての研究結果をご紹介しながら、どのように対策していくべきかを考えてみたいと思います。

視野欠損は灰色でも黒でもない

視野が欠けた部位は、下の絵のようにグレーや黒で図示されることが多いです。こんな風に欠けていたら、気づかないほうがおかしいですね。

人間の脳は、この見えない部分を補って埋めてしまいます。この絵で言えば、視野欠損部分は灰色ではなくて木々の緑がそこにもあるかのように見えているのです。それは脳が作り出したイメージです。実際には視野欠損部位に鳥が飛んでいてもそれは見えません。人がいても見えません。あたかも透明人間のように消えているのです。

視野欠損は自覚しにくい

視野欠損は相当に進行するまで本人は気づきません。第1に、脳が欠損部位を補填する仕組みがあること。第2に、片目に視野欠損があっても反対側の目で見えるので両目で見れば困らないこと。第3に、目を動かしてスキャンして見るので記憶による再構成ができること。以上3つが原因です。

自覚しにくいため、運転の時には危険を察知しにくいことになります。

2011年に歩行者をはねて死亡させた男性が、網膜色素変性症で視野が狭く、しかも病気に気づいてなかったとして、1審2審で無罪になりました。現実に、こういうことが起きているのです。

運転免許を取り上げる弊害

それでは、視野が欠けていれば、運転免許を取り上げるべきなのでしょうか?

既に高齢者に対して運転免許の自主返納が推奨されています。この免許の返納には弊害も多々あることが分かってきました。

近親者の説得で渋々免許を返納したら、元気がなくなったり、全く出かけなくなってしまったり、うつ病になったり、認知症になったり、様々な問題が起こっているのです。それどころか、病気が悪化したり、寝たきりになったり、死亡率も上昇したという報告もあるのです。

車という交通手段をなくすことで、社会との接点を失い、活動性も低下し、病院にも足が遠のいてしまったためと考えられています。

地方では車が絶対に必要

東京や名古屋のように公共の交通機関が発達していれば、車がなくても生活できます。でも、地方では車がないと困ります。バスは2時間に1回しか来ないとか、近所の人に頼まないと出かけられないという状況は珍しくありません。

代替する交通手段がない環境で車を取り上げれば、生活そのものが成り立ちません。非人道的とさえ言えるでしょう。

免許を取り上げる基準は?

運転免許を取り上げるとすると、「一定基準以上に視野が悪化すれば免許の更新を認めない」という規則を作ることになります。その基準はどこに置くのが合理的でしょうか?

視野障害があると確かに事故が増える傾向は認められます。しかし、驚くべきことに、実際に視野の程度と事故率を調べた報告では、必ずしも視野が悪いほど事故が増える訳ではなく、視野が特に悪い群ではかえって事故が少なかったのです!これは常識に反する結果です。

この結果はどう解釈したら良いでしょうか。たぶん、視野がある程度以上に悪くなった場合、そのことを患者さんも自覚していて、そのぶん慎重に運転しているのではないでしょうか? あるいはなるべく運転しないように自己規制しているのではないでしょうか?

過剰な規制は避けたい

かつて、色覚異常者は理系の大学に進学できなかったり、多くの仕事に就けなかったりしました。その制限は「色が判別できなければこんな不都合があるだろう」と頭の中だけで想像して設けたものでした。後にほとんどの制限は必要なかったことが判明しました。

眼科医はせっせと色覚検査をして色覚異常と診断し、結果的に色覚異常者に対する差別や人権侵害に加担することになりました。

そういう歴史から教訓を汲み取るならば、視野障害に対する運転免許規制には慎重の上にも慎重であるべきだと考えます。

できれば、強制的な規制ではなく、視野障害があることを本人に自覚してもらい、自己規制という形で解決を図るのが望ましいと思います。

視野障害者は慎重運転を

視野が欠けていると、急な飛び出しなどに気づくのが遅れる心配があります。路地を走ることは避け、なるべく広い通りを走りましょう。

人の姿が暗点に入り込むと発見できない可能性がありますから、できるだけ車道と歩道が分離している道を選ぶべきです。夜間の運転、雨が降っているときの運転は避け、良く知った道に限定するのがお勧めです。これで、事故の可能性は大幅に低くできると考えます。

海外では、高齢者に対して時間・場所・車両・速度等を限定した運転免許制度があるようです。日本でも検討されています。視野障害者に対しても、障害の程度に応じた限定免許というアイデアは検討に値すると思います。

同じ人が事故を繰り返す

事故を起こすかどうかは、性格というか、自己制御力が強いか弱いかで大きく違ってくると言われています。

調査の結果はっきりしたのは、事故は同じ人が繰り返す傾向が強いことです。車を電信柱などにこするなど、軽微な事故を一度でも起こした人は繰り返し事故を起こす傾向があり、いつか大きな事故を起こす可能性も高いのです。

軽微な事故を起こしたことに対して本人が甘く考えているような場合は、かなり危険だと考えたほうがよいでしょう。説得が必要ですし、説得も受け入れられない場合は強制的な手段を考えるべきかも知れません。

(2018.4)