川本眼科だより 220近視予防/治療の今 2018年5月31日
日本近視学会が 5/19, 5/20,大阪で開催されたので参加してきました。近視の分野では近年急速に病態解明が進みました。この学会は近視研究の現状を俯瞰するのに良い機会になりました。
学会で得た知識も含めて、一般の方が最も興味を持っていらっしゃる近視予防・治療について、今わかっていることをご紹介します。
近視進行には環境要因が大きい
近視が進行する要因は環境なのか遺伝なのか大論争が繰り広げられた時代がありました。どちらの側にも決め手となるデータがなかったので、論争は延々と続きました。一時は遺伝説が優勢で、近視治療を試みること自体に意味がないとまで言われたこともありました。
現在、近視進行には環境と遺伝が両方とも関係するが、環境因子のほうが影響が大きいというのが通説です。
近年近視が急増していて、その原因は環境の変化だと考えられています。2050年には世界人口の約半数が近視になり(現在の2倍)、 人口の10%が強度近視になる(現在の5倍)と予測されています。
近業の増加と近視
近業とは「近くを見続ける活動」全般をいい、読書、デスクワーク、パソコン、携帯ゲーム機、スマホなどが該当し、近視になる最大の環境因子と考えられています。見る距離が近いほど近視になりやすく、デスクトップパソコンなら40~50cmで見るのに対し、スマホは15~20cmで見るので、影響は圧倒的に大きいとされています。もちろん、近業の時間が長いほど影響は大きくなります。
世界的にここ20~30年くらいで近業の時間が増えたために近視が急増していると言われています。
飛躍的な経済成長を遂げた中国やシンガポールでは近視が爆発的に増え、経済発展がまだ及んでいないミャンマーやモンゴルでは近視が増えていないことも疫学的に明らかになりました。
教育の普及が近視を増やすことも疫学的に証明されています。それも近業と関係があるでしょう。
ただ、環境負荷が同じでもアジア系のほうが近視になりやすいという報告もされていて、それは遺伝子の違いで説明されています。やっぱり遺伝も関係するのですね。
屋外活動の減少と近視
屋外活動時間が長いほど近視が進行しにくいという報告はいくつもあり、ほぼ確実です。
その機序は不明でしたが、慶応大学のグループはバイオレットライト(波長360~400nmの光)が近視進行を抑制するという説を提唱しています。
なるほど、日本ではかつて子供たちは空き地や路地で遊ぶのが日課でした。今は塾に行かされているか、お稽古事を習っているか、テレビゲームをしているか、とにかく室内でほとんどの時間を過ごすことが多くなっています。
現代人の生活では屋外活動が減少しており、それが近視が増加している第2の原因です。近視になりたくなければ、部活は屋外スポーツを選び、なるべく太陽光を浴びるのが良いでしょう。ただ、太陽光は近視抑制やビタミンD産生という恩恵を与えてくれる一方で、白内障や加齢黄斑変性症や皮膚の老化/がん化という悪影響ももたらすので、極端に走らずほどほどにするのが上策です。
遺伝の影響は低年齢で
環境因子が最も影響しやすいのは小学校高学年から中学くらいにかけてです。それに対して遺伝の影響が強い近視はもっと早く、小学校入学前くらいの低年齢で始まる傾向があります。
もっとも、いくらでも例外はあります。
仮性近視は死語に
その昔「仮性近視」という言葉がよく使われました。近業が続くとピントを合わせる毛様体筋が過度に緊張し、それが最初は「仮性近視」で可逆的だが、長期化すると「真性近視」で元に戻らなくなるという説です。
実は、今はこの言葉はほとんど使われず、死語に近くなっています。理由は眼軸長(眼の奥行き)が簡単に測定できるようになったせいで、近視化の初期からじわじわと眼軸長が伸びて近視化しており、仮性近視と呼べるような可逆的な時期というものは存在しないことが判明したからです。
ただ、同じ言葉を別の意味で使う人もいるので、完全には消えていません。
また、毛様体筋の過度の緊張や調節の問題は、最近再び注目されています。
メガネの度が弱すぎるのもダメ
日本では、眼鏡処方の時、かなり弱めに合わせることが普通でした。弱めのほうが近視が進行しにくいのではないかという漠然とした期待があったからです。
確かに、過矯正(強すぎるメガネ)が良くないことは経験的に知られていましたし、ヒヨコでの実験により過矯正は近視化を引き起こすことが判明していました。外から入ってきた光が網膜上に作る像が遠視性のボケを起こしていると、修正するために眼軸長(眼の奥行き)を伸ばすような仕組みが発動されると言われています。
しかし、最近低矯正(弱すぎるメガネ)も近視化を誘導するという実験結果が報告されました。どうやら、網膜上に結ばれた像がボケていると、そのボケが遠視性か近視性か区別できずに眼軸長を伸ばすのではないかと推測されています。
つまり、近視を進行させないためには網膜上にしっかりピントが合った像を結ばせることが最善のようなのです。これは過矯正でも低矯正でもなく完全矯正(ぴったりに合わせたメガネ)が良いということを意味します。
現実には、調節麻痺剤での検査をしない場合、調節の介入により過矯正になりやすいので、少しだけ弱めにすることは十分理にかなっています。ところが、良かれと思って度を弱くしすぎると、かえって近視を進行させる結果を招くのです。
メガネをなるべく早く?
同じ理屈を拡大適用すれば、近視がまだ軽いうちに早くメガネをかけたほうが近視が進行しにくいはずです。この問題については、残念ながらまだ信頼できるエビデンスはありません。
近視の程度が軽く裸眼視力が1.0以上あるなら、無理にメガネをかける必要はないでしょう。しかし、近視の度が-2Dを超え、裸眼視力も低下しているような場合は、メガネをかけたほうが便利ですし、近視も進行しにくいと考えられます。
近視進行抑制法
別の機会に何度か取り上げているので、ここでは簡単に触れるだけにします。
オルソケラトロジーは有効です。ただ、角膜障害、角膜感染のリスクがあります。
累進ソフトコンタクトはまだレンズデザインをどうするか議論があります。それなりに結果を出しており、これからが期待されます。
低濃度アトロピンは簡便で、当院でも使っています。有効ですが当初報告されたほどの効き目ではないようですし、個人差もあります。
オルソケラトロジーと低濃度アトロピンを組み合わせた報告もあり、相加効果がありました。
眼鏡を使った方法はいくつかありましたが、いずれも効果不十分と判定されました。
(2018.5)