川本眼科だより 253近視抑制治療の今 ~アトロピンと特殊コンタクト~ 2021年2月28日
今回、EDOFコンタクトを使って近視の進行を抑制する治療を始めることにしました。
現在、近視の進行は小児期の治療によってかなり抑えることができることがわかっています。世界各国で近視抑制のための取り組みが始まっていて、日本は相当に出遅れています。
今回は、学会や論文の報告を総合して、ずばり何の治療が有効なのか説明いたします。
エビデンスのある近視抑制法
医学の世界では、きちんと科学的に手続きを踏んだ臨床試験をして効果を証明することが求められます。その証明をエビデンスと呼びます。
エビデンスのある近視抑制法は5つあります。
(1)近業を長時間続けない (2)光を浴びる (3)低濃度アトロピン (4)特殊コンタクト (5)オルソケラトロジー
なお、近視予防眼鏡など効果が小さすぎて役に立たないと思われる方法は除外しました。
近業を長時間続けない
世界中で近視は増え続けています。長時間近くを見続ける生活が原因だと言われています。外で遊ぶことは減り、家の中でまんがを読んだり携帯ゲーム機で遊んだりスマホを見たりという時間が長くなっています。
近くを見ることを「近業」といいます。近業の影響は距離によって大きく違います。30cm離せばかなり影響は少なくなります。15cmだと短期間で近視が進んでしまいます。5cmの違いが大差とお考え下さい。特にゲームやスマホは危ない!
やむを得ず近業をするときには、途中で遠くを見ることが推奨されています。米国には20-20-20すなわち”20分間近業したら20フィート(6m)先を20秒間見なさい” という標語があります。時間は適当、距離は2m以上ならOKです。ただ何より継続が大事。ぼやっと空を眺めるよりも、数m先の文字に目を凝らしたほうが効果的です。
いくら薬やコンタクトを使っても、近業を続ければ近視が進行することは避けられません。近視抑制には生活習慣の改善は最も大切です。
光を浴びる
光を浴びることで近視は抑制できます。
「1日2時間1000ルクス以上の光を浴びる」は台湾で国策として採用され、台湾では2010年から近視の有病率が減少に転じました。光によりドーパミンの分泌が増えるせいだという仮説が有力視されています。
ちなみに 室内では300ルクス程度、屋外の木陰で1000ルクス程度、直射日光下は10万ルクスにも達します。別に日焼けする必要はなく、屋外なら木陰で読書でもいいわけです。
低濃度アトロピン
アトロピンの目薬には瞳孔を開く作用、ピントの調節力を麻痺させる作用があります。この目薬が近視抑制にも効くのですが、その機序はわかっていません。(いくつか説はある)
濃度が高いとまぶしく、字にピントが合わなくて困るので100倍に薄めて使っています。100倍に薄めても効果は十分あるのに副作用はほとんど問題にならなくなります。しかも濃度が濃いと目薬を中止したときに急激に近視が進むリバウンド現象がおこるのですが、薄めるとリバウンドがおこらず、最終的な結果が最も良かったのです。
低濃度アトロピン点眼は現在日本で臨床試験中です。結果が出て認可されるまではどこの眼科でも手に入るわけではありません。それでも最近取り扱う眼科が増えているようです。
特殊なソフト・コンタクト
近視は周辺網膜でピントが合わず、焦点が後方にずれることによって起こることが報告され、この周辺網膜での焦点ずれを軽減することで近視の進行を抑制できると考えられました。
この理論に沿って特殊なソフト・コンタクトが開発されました。Hoya DISC も Coopervision MySight も50%以上近視を抑制したそうです。既に各国で発売されているので私も期待して待っておりましたが、残念ながら日本では全く発売の目途が立っていないそうです。(臨床研究に制約が多く、治験の同意が得られにくく、審査が厳しい)
仕方がないので、DISCやMy Sightに近い近視抑制効果が報告されているシードのEDOFコンタクトを使うことにしました。これは老眼に対する遠近両用コンタクトとして開発されたのですが、たまたま小児の近視抑制にも有効なデザインだったのです。(逆に遠近両用コンタクトがすべて有効なわけではないことに注意)
近視抑制目的に使う場合に限り、新規のコンタクト処方を承ります。なお、効果は若いほど高いので、眼軸長(目の奥行き)が伸びていることを確認したらすぐ始めることをお勧めします。
オルソケラトロジー
特殊なカーブのハードコンタクトを寝ているときに装用することで、角膜が圧迫されてカーブが変わり、昼間裸眼で見えるという方法です。
オルソケラトロジーは近視抑制効果があるということで有名になりました。その機序は諸説ありますが、現在は角膜が扁平になって周辺網膜での焦点ずれを軽減しているという説が有力で、要するに前項の特殊ソフト・コンタクトと同じです。
近視抑制効果は、報告によりかなり差がありますが、だいたい特殊ソフト・コンタクトと同じだと思います。
私はオルソケラトロジーに必要な講習会に参加し、修了証もいただきましたが、結局オルソケラトロジーを始めませんでした。
理由はいくつかあります。
第一に夜ハード・コンタクトをしたまま就寝することの安全性です。そうめったに問題は起こらないそうですが、それでも角膜潰瘍をおこしたという症例報告が複数あります。保守的な眼科医としては心配です。
第二にハード特有の異物感・痛みです。そのうち慣れるとは言ってもソフトのほうがはるかに装用感に優れています。実際、お子さんが痛がって装用できないケースはかなりあるようです。
第三に自費診療になってしまうことです。初期費用に15万円くらいかかり、その後の診療も自費というのは結構大変です。これが前述のソフトなら、屈折矯正のコンタクト診療という扱いになりますから保険診療可能です。
以上のことから、近視の進行を抑えたい方には、まず近業を減らし、光を浴びることを心がけていただいた上で、低濃度アトロピン療法を行います。オプションとしてシードのEDOFコンタクトを処方します。受診間隔は3ヶ月おきです。
ご希望の方はご相談ください。
(2021.2)