川本眼科だより 255落屑(らくせつ) 2021年4月30日
落屑はフケのような白い物質で、眼内のあちこちに出現し、いろいろとトラブルを起こす厄介者です。瞳孔が開きにくくなったり、白内障手術で合併症の確率が高くなったり、進行が早くて治療困難な緑内障を起こしたりします。
眼科医は落屑の存在をとても気にしていますが、医師の心配はたぶん患者さんにはほとんど理解されていないと思います。
落(らく)屑(せつ)とは
落屑は白い物質で、眼内のあちこちに出現します。通常観察できるのは瞳孔縁(虹彩のへり)にフケ状に付着する落屑、水晶体の表面に膜状に張る落屑がほとんどですが、落屑は簡単には観察できないところに存在していることも多く、発見できていないと考えられます。
落屑は偽落屑とも呼ばれ、現在はほぼ同じ意味です。昔は「落屑=真落屑+偽落屑」と考えられていたのですが、真落屑はきわめてまれだとわかり、だんだん偽落屑という言葉を使わなくなって、単に落屑と呼ぶようになりました。
落屑は主に各種の糖タンパク質からできているそうですが、これがなぜどのように産生されるかはまだよくわかっていません。「細胞外基質の産生・分解の異常」と言われていますが、あまりにも専門的すぎるので省略します。
落屑が片目だけに認められる場合でも、両目に落屑は存在すると報告されています。外から見えないところに隠れているだけです。結膜やまぶたにも落屑は存在します。それどころか、皮膚、心臓、肺、肝臓、腎臓、膀胱、脳クモ膜に存在することも証明されています。落屑と全身の血管の異常が関連しているという報告もあります。
加齢に伴って増える
落屑はふつう40歳以下ではまれで、50歳代から出現し始め、加齢に伴って増えます。70歳以上の2~3%くらいに見られると報告されていますが、観察できない隠れた部位に出現するので本当の頻度は不明です。
今後、人口が高齢化するにつれて落屑がからんだ眼疾患はますます増えるだろうと予想されています。特に落屑緑内障は増えるでしょう。
落屑と関係する遺伝子が報告されていますが、決して遺伝だけで決まるものではなく、何らかの環境因子・栄養因子が関与しているのは確実です。その因子として、酸化ストレスとか、気温や日照とか、カフェインとか葉酸とか、諸説が唱えられていますが、今のところはっきりしません。
散瞳が悪い(瞳孔が開かない)
落屑が瞳孔縁に付着すると瞳孔が開きにくくなります。高齢者では一般的に若いときよりは瞳孔が開きにくくなりますが、落屑があると全然開かないこともあります。
散瞳が悪いと水晶体・網膜・硝子体などが良く見えません。とりわけ網膜周辺部が観察できなくなります。さらに、散瞳が悪いとレーザー治療や手術も困難になり、眼科の診療全般に支障をきたします。
チン小帯が弱くなる
チン小帯は水晶体を支えている線維です。ここに落屑が沈着するとチン小帯は脆弱になり、水晶体がグラグラ揺れることがあります。水晶体は前方に移動し、眼圧が不安定になります。白内障も進行しやすいと言われています。
チン小帯は白内障手術後には眼内レンズを支えることになります。したがってチン小帯が弱いと術後屈折(近視や乱視など)に影響します。そればかりか術後数ヶ月~数年後に眼内レンズが脱臼したり(前方にとびだす)、硝子体中に落下したりする長期の合併症を起こすことがあります。
白内障手術が難しくなる
落屑があると白内障手術は難しくなり、時間もかかるし、トラブルも起こりやすくなります。
散瞳が悪いのが第一の理由です。散瞳が悪いと水晶体が虹彩に隠れてしまいます。瞳孔を特殊な器具で拡張したり、虹彩を切開したりして対応することになります。
チン小帯が脆弱なのが第二の理由です。水晶体が手術中にグラグラ揺れてしまいます。時には手術中にチン小帯がちぎれることがあって、最悪の場合水晶体が硝子体中に落下してしまい、硝子体手術が必要になることもありえます。そうなったら手術時間は1時間を超すかも知れません。
もちろん、落屑が存在しても95%くらいは何事もなく普通に手術できるので、過剰に心配する必要はありません。ただ、落屑などの問題がない眼なら99%以上安全なので、トラブルの確率が跳ね上がるのは事実です。
落屑は観察できない部位に存在し、事前に合併症の確率を正確に評価することは困難です。ただ、あまりにも散瞳が悪いとか、水晶体がグラグラと揺れているような場合には、日帰り手術ではなく中京病院での入院手術をお勧めしています。
落屑緑内障は進行しやすい
落屑は隅角(眼内を流れる房水の出口)にも沈着します。落屑があると 6~10倍緑内障になりやすいとされ、眼圧も高くなりやすい上に眼圧変動も大きく、視野障害の進行は普通の緑内障の2倍以上早いとされています。
これを落屑緑内障と呼びます。落屑緑内障は点眼薬が効きにくく、進行が早いので、通常の緑内障よりも治療を強化する必要があります。比較的レーザー治療は有効だとされています。もしある程度進行してしまった場合には、グズグズせずに早めに緑内障手術を受けたほうがよいでしょう。
最初は片目だけの落屑緑内障でも、何年もたつと反対側の目も発症することが多いので、最初から両目ともケアすべきです。
リスクを正しく評価する
私たち眼科医は、落屑について説明することは難しいと常日頃感じています。時間をかけて丁寧に説明したつもりでもなかなかきちんと理解してはいただけないことがほとんどです。
白内障手術に際して落屑のリスクを強調すると、しばしば手術断固拒否みたいな過剰反応が返ってきてしまい、困ることがあります。患者さんの性格も考慮しながら説明する必要があります。
落屑緑内障では逆に、医師側の危機感が患者さんには伝わっていないと感じます。進行が早いからこそ早めの手術をお勧めしても、「いよいよ悪化するまでとにかく手術はしたくない」という方が多く、説得してもしばしば失敗します。
リスクを過剰に恐れるのも、逆に過小評価するのも、どちらも間違っています。恐れず、侮らず。落屑について正しく理解しましょう。
(2021.4)