川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 290抗菌点眼薬 2024年3月31日

抗菌薬の目薬は眼科で非常によく使われます。結膜炎、角膜のキズ、手術前後などで必ずと言って良いほど処方されていると思います。

ただ、この目薬をあまり使いすぎるな、と言われているのはご存じでしょうか? 実は学会でも長年議論の的になっています。ただ、使用を減らすのはそれほど簡単なことではありません。

今回は抗菌点眼薬に関する話題を取り上げてみたいと思います。

キノロン系抗菌薬の目薬

結膜炎やものもらいなど目に細菌感染をおこした場合、抗菌薬(抗生物質)の目薬が使われます。抗菌薬にはいろいろ種類がありますが、現在日本ではキノロン系抗菌薬が圧倒的に多く使われています。利点が多いからです。

キノロン系抗菌点眼薬には、レボフロキサシン、ノルフロキサシン、ガチフロキサシン、モキシフロキサシンなどがあります。

キノロンは多くの細菌に効きます。(広域スペクトルという言い方をします) 特定の細菌にしか効かなければ、どの細菌が感染を起こしているのかきちんと調べてから薬を使わなければなりませんが、細菌培養をして結果が出るには数日かかります。キノロンならそういう検査を省略してもたいてい効いてしまいます。医師も手間を軽減できるし、すぐに治療を始めてもらいたい患者さんもありがたいわけです。

そのほか、さし心地が良いとか、薬が吸収されやすいとか、角膜障害などの副作用が少ないとか、とても使い勝手が良かったのです。

その結果、眼科ではキノロン系抗菌点眼薬ばかり処方するようになってしまいました。

他の抗菌薬が発売中止に!

あまりにもキノロン一辺倒となってしまって、他の抗菌薬は売れなくなりました。そのため採算割れに陥り、1つ、また1つと多くの抗菌点眼薬が発売中止になってしまいました。医療費抑制で古くからある抗菌薬の薬価が大幅に引き下げられていたのも大きな原因でした。

これは由々しき事態です。いくらキノロンが使いやすいと言っても、キノロンが効かない細菌もあるので、必要な時に別の種類の抗菌薬が使えないと困るのです。それなのに、気がつけば使える抗菌薬があまりないのです。

キノロン耐性菌の増加

あまりにもキノロンが使われたため、キノロンが効かない細菌、キノロン耐性菌が出現し、どんどん増えています。キノロンにも種類がありますが、どれも構造は似通っていて細菌に効く仕組みもほぼ同じなので、耐性菌はどのキノロンを使っても効かないのが普通です。

これは困った事態です。キノロンが無効、他の抗菌点眼薬も選択肢が少なくて、治療に難渋するケースが増えました。

耐性菌を増やさないためには

キノロン耐性菌は遺伝子の突然変異などで生まれますが、キノロンが存在しない環境では他の菌と争いながら細々と生きています。キノロンを使うとキノロンに弱い菌は死滅し、耐性菌だけが生き残ります。競争相手がいなくなったので耐性菌はどんどん増えることができます。

日本はキノロンの目薬の使用量が他国と比べてとても多く、そのため耐性菌も多いと指摘されています。使いすぎが耐性菌を増やすのです。

なお、耐性菌でも量を十分に使えば菌は死滅するのが普通です。中途半端が最悪です。使う時はしっかり使って菌を全滅させ、ただダラダラと使わず、止める時はスパッと中止するのが一番耐性菌を増やさないとされています。

キノロンの使用を減らせるか

重症の感染症にキノロンが効かないととても困ります。キノロンの替わりになる点眼薬はなかなかないのです。キノロン耐性菌を増やさないためにキノロンの使用をなるべく控えようと提唱されています。

それには、1)抗菌点眼薬を使わなくてもよいときは使わない、2)なるべくキノロン以外の抗菌剤を使用する、ということになります。しかし、これは簡単ではありません。

一部の細菌にしか効かない抗菌剤だと、使っても効かない可能性があります。投与開始前に感染の原因となっている細菌を特定し、薬が効くかどうか事前に確認してから投与するのが望ましい訳ですが、それには手間も時間もかかります。患者さんは待って下さるでしょうか?

もし、最初に出した薬が効かなければ変更する必要があります。治るまでに時間がかかってしまいます。患者さんは納得して下さるでしょうか?

「前に使った目薬はよく効いたけど、今度の目薬はダメだな」と言われそうです。

高齢者のめやに

高齢になると慢性的にめやにが出やすくなることはよくあります。これには複合的な要因があり、細菌もからんでいるので、キノロンを使うと一時的にめやには減ります。ところが中止すると再びめやにが増えてしまいます。

そのため患者さんに要求されてキノロンを長期にわたって使い続けることになりがちです。医師は「なるべく使用を控えて」などと説明し、そうすると患者さんは「1日1回だけさそう」ということになります。既にご説明したように、こういう中途半端な使い方は結果的に耐性菌を増やしてしまいます。

※川本眼科だより286「慢性眼瞼炎」参照

ただ、耐性菌問題は承知しつつも、寝たきりの患者さんで家族に懇願された時など、やむを得ずキノロンを長期投与することもあります。

手術前後の抗菌点眼薬

白内障などの手術前後には、感染防止を目的としてキノロン系抗菌点眼薬が使われています。手術患者さん全員に使いますから、日本全国では膨大な量が使われています。これがキノロン耐性菌を増やしている原因の1つと指摘されています。

手術の安全性が高まり、術後感染症がきわめて少なくなったので、キノロン点眼薬の使用期間は術後2ヶ月→1ヶ月→3週間→2週間とだんだん短くなる傾向にあります。施設によりまちまちで、当院は今は2週間使っています。将来安全性が確認できれば1週間で中止にするかも知れません。

硝子体注射前後の抗菌点眼薬

硝子体注射の前後にも手術に準じてキノロンの点眼が広く行われています。添付文書に点眼するよう指示されていました。ただ本年2月、日本網膜硝子体学会がキノロン点眼不要という見解を表明、これに伴い添付文書も改訂されました。

中京病院は耐性菌問題を重視し、4月から点眼中止にするそうです。当院が硝子体注射を依頼している中京眼科では感染を懸念して当面点眼を継続するようです。どちらも一理ありますが、将来的には点眼中止に進むのではないでしょうか。

(2024.3)